2018年6月19日 (火)

歯ブラシさんを偲んで

昨日は通勤通学の時間帯である午前8時前に大阪北部を震源とする地震があり、死者4名、負傷者400名近い被害が発生しました。亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に、被災された方々にお見舞いを申し上げます。

訃報が知らされた山仲間のニックネームは「歯ブラシ」さんでした。由来は、水が大変貴重な環境下においても常に食後の歯磨きを欠かさなかったからで、雪を溶かして水を作る雪山でもこの習慣は変わることがありませんでした。

「歯ブラシ」さんとは、昨年閉店した登山用品店からの紹介で知り合いました。私よりも二つ年上でしたが、お互いそんなことは気にせず、良く山に行きました。ある年の夏、南アルプスの聖岳から茶臼岳への縦走を計画した私たちのパーティは、林道で赤石沢を登っている筈の閑人倶楽部のメンバーと出会いました。聞けば上流では雨で水量が上昇し、計画を断念して下山したとのことです。

当夜は林道の橋の下にテントを張って、楽しい宴会となりました。その中で歯ブラシさんともう一人のメンバーが同じ高校の卒業生であり、クラブ活動ではグラウンドで隣り合わせていたにもかかわらず、この時まで全く面識がなかったと言うことが判り、大いに盛り上がりました。

その後、正月には赤石岳から茶臼岳への縦走を計画し、雪と寒さに苦しみながら赤石東尾根から聖岳まで縦走しましたが、あるトラブルで下山を余儀なくされました。以来、「歯ブラシ」さんと会うと、この時のことが思い出されてなりません。

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春の赤石岳、画面左側の山です。

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こちらは聖岳です。冬と変わらない積雪です。

もう一つ記憶に残っているのが、スキーで縦走した妙高の天狗原山から火打山への縦走です。笹ヶ峰から入山し、天狗原山東の尾根をスキーを使ってひたすら登りました。「歯ブラシ」さんは山スキー、私はテレマークスキーで思い思いに登って行きましたが、このコースを選ぶ物好きは少なかったと見えて、他の登山者に出会うこともなく春山を存分に楽しみ、稜線手前でツェルトを張りました。

翌日順調に稜線をスキーで縦走しましたが、どうもこの時焼山は入山禁止となっていたようで、焼山山頂は強風にもかかわらず、強い硫黄の匂いがしました。今と違い、情報伝達の手段が限られていましたので事前情報でキャッチできず、また登山のベースとなる笹ヶ峰にもそのような表示の類は全く見られませんでしたので、このことを全く知らずに入山してしまったのです。稜線で、雨飾山方面に縦走するパーティとすれ違いましたので、地元では規制は有名無実化していたのかも知れません。

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二日目の高谷池(こうやいけ)ヒュッテ前に張ったエントラントのツェルト。後方が越えて来た火打山です。

御嶽山の噴火があった時も真っ先にこのことが頭に浮かびましたし、笹ヶ峰に足を運ぶ度、この時のことが思い出されて仕方ありません。

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2018年6月18日 (月)

登山仲間の訃報が届く

遭難が伝えられていた新潟県の登山グループの無事が確認され、ほっと安堵していたら友人の訃報が届きました。現在は地元を離れ、埼玉県でツァーガイドとして活動していた友人が、16日に雲取山でガイドとして登山中に突然倒れ、病院で死亡が確認されたと言うことで、病死と見られています。

これまで体調不良を聞いたことがありませんでしたので大変驚いています。彼は大手ツァーガイドの会社に所属して主として海外登山のガイドを務め、キリマンジャロには50回以上登ったと言っていました。最近は一線を退いて活動の場を国内に移していましたが、健康面・体力面には自信を持っていたのではないかと思います。

時折帰省した時には顔を合わせる機会もありましたが、例年6月初旬には海外遠征中に雪崩事故で亡くなったメンバーの追悼登山があり、最近はそこで会うことが多くなっていました。私も例年参加していたのですが、今年は都合がつかず参加できませんでした。昨年の追悼登山で会ったのが、残念ながら最後の登山となってしまいました。合掌。

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2006年に遭難して行方不明になった友人の捜索に当たった時の集合写真。右から二番目で腕を組んでいるのが故人です。

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トヨタがル・マンで初優勝

フランスのル・マンで行われた24時間耐久レースでトヨタが初優勝を果たしました。このレースでトヨタは7、8号車の2台で参戦しましたが、8号車が優勝、7号車が2位でゴールしワンツーフィニッシュを決めました。日本勢の優勝は1991年にマツダがロータリーエンジン搭載車で初優勝して以来、2度目となりますが、トヨタは1987年にワークスとして初参加以来31年かかっての、まさに悲願の初優勝です。

この間、2016年には5号車がトップを快走し、誰もが初優勝を確信しましたが、レース終了のわずか3分前にマシントラブルでまさかのエンジンストップとなり、ゴールを目前にして涙のリタイアとなり、優勝を逃しました。なお、残った6号車が2位に入っています。

雪辱に燃えた2017年のレースでは3台で参戦しましたが、またもマシントラブルに見舞われ、2台がリタイア、残った8号車が9位でゴールする結果となり、またしてもレースに優勝する難しさを味わうことになってしまいました。

このような苦難を積み重ねた末の優勝だけに、挫けることなくチャレンジを続けて栄冠を勝ち取ったトヨタには心より祝意を送りたいと思います。

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2018年6月16日 (土)

空自機が管制の指示に従わず滑走路進入

14日午後8時25分頃、沖縄那覇空港に沖縄エアーコミューターのボンバルディアDHC-8-402型(乗員・乗客35名搭乗)が空港の南約5Kmを高度300mで着陸態勢に入っていたところ、スクランブルで出動した空自那覇基地のF-15J戦闘機2機が滑走路に進入したため、ボンバルディア機は一旦着陸をやり直し、同27分に同空港に着陸し、乗員乗客にけがはありませんでした。この時のボンバルディア機の速度は判っていませんが、時速200Kmほどで着陸するようなので、この時点では250Km位だったのではないかと想像しますが、計算すると着陸前72秒前だったことになります。

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スクランブル態勢のF-15J戦闘機

自衛隊機に対し管制塔からは滑走路手前で停止するように指示していましたが、自衛隊機はこの指示に従わず、滑走路に進入したものです。滑走路への進入は管制の許可を得て行われるものなので、普通に考えれば自衛隊機に非があったことになります。国交省の運輸安全委員会は重大事故につながりかねない事態だったとして係官を派遣して詳しく調査する方針を決めています。

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(出典: 国土地理院 地理院地図を加工)

那覇空港の位置関係です。那覇空港は自衛隊と民間機の共用空港ですが、海上自衛隊、海上保安庁も利用しています。沖縄の観光振興と共に利用客が増え、現在沖合を埋め立てて並行滑走路の増設が進められていますが、年間の着陸回数が8万7000回と福岡空港に次いで混雑している空港となっています。

那覇空港の管制は国交省の管轄となっています。自衛隊との共用では小松空港がありますが、こちらは空自が航空管制を行っていますが、この種の事故は聞いたことがありません。那覇空港では以前も自衛隊のヘリが滑走路に進入する事故がありました。この時は自衛隊機が管制の指示を誤認したものですが、今回も管制の在り方に問題が無かったかが気になります。

那覇空港では中国軍機に対するスクランブルが日常化しており、空港の混雑に拍車をかけています。スクランブルが発せられると戦闘機は5分以内に離陸することになっており、この際、民間機との調整が必要になります。当然安全が最優先されなければなりませんが、一方で自衛隊機にも分刻みの行動が課せられています。

戦闘機の速度が時速900Kmの場合、1分間で15Km進みます。発進が5分遅れれば、75Km相手機の侵入を許す結果となってしまいます。今回の「事故」の原因は現段階ではっきりしませんが、緊急時には自衛隊側の管制に切り替えるなどの方法を検討する必要があるのかも知れません。

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2018年6月15日 (金)

浜松市議会で浜松城が議題に

浜松市の定例市議会で、浜松城公園の整備に関する質問がいくつかあったようです。各会派4氏が浜松城に関する質問に立ちましたが、市側の回答では、来年度に予定されている、二の丸跡に建てられている廃校となった旧元城小学校跡地の発掘調査の結果によって、今後の整備計画が大きく見直される可能性が出てきました。

二ノ丸跡には現在旧元城小学校と市庁舎が建っていて、かつての面影はどこにも残っていません。特に市庁舎は基礎工事などで遺構が破壊されてしまっている可能性が大きいものと思われますが、旧元城小学校跡は校庭の部分の保存状態は良好と考えられ、二ノ丸御殿の遺構が確認できるのではないかと期待されます。

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現在の二ノ丸跡。 (出典:浜松城公園長期整備構想より引用)

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浜松城天守内に展示されているジオラマでは二ノ丸はこのように再現されています。

答弁に立った長田副市長は、将来的には公園整備の計画次第では市庁舎の移転もあり得るとしていますので、益々旧元城小学校跡地の発掘調査に期待がかかります。

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2018年6月14日 (木)

MRI検査の結果

今日は先週受けた顎の手術跡のMRI検査の結果を聴くために、耳鼻咽喉科の外来を受診して来ました。気になる結果は、真っ白ではなくグレーでした。特に重大な所見は無かったものの、リンパ腺が腫れているのが気になるので、三ヵ月後にエコーで再検査となりました。

手術後しばらくは、顎と首の境辺りにコリコリとしたしこり状のものがありましたが、時間の経過と共に解消していました。ただ、最近手術跡の辺りに、すこし張りが感じるようになっていましたが、リンパ腺が腫れていたのが原因であれば、納得です。後はリンパ腺が腫れた原因ですが、この春に行った血液検査でも特に異常は無かったので、何らかの病原菌によるものではないかと思われます。

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白花のホタルブクロです。

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2018年6月13日 (水)

またも文化2年創業の老舗を発見

先日、京都銘菓八ッ橋を巡る騒動に関して、和菓子舗の創業年について記事にしましたが、新たに1店を見つけてしまいましたので、性懲りなく紹介します。

今回見つけたのは東京亀戸で文化2年(1805年)からくず餅を販売している船戸屋です。船戸屋のくず餅は、一般的な葛粉を使ったものとは違い、小麦粉を練った生地を発酵させて使っているのが、大きな特徴です。甘味付けに黒糖と共に黄粉を使っているようですが、黄粉には白砂糖が使われているものと思われます。船戸屋のHPはこちらです。 ↓

http://www.funabashiya.co.jp/sph/

船戸屋は亀戸天神の参拝者向けに店を開いたのが、創業のきっかけのようですが、これは八ッ橋、伊勢の赤福、福岡の梅ヶ枝餅のいきさつとよく似ています。但し、梅ヶ枝餅については創業からの店は現存していないようで、現在は「名物」と呼ぶことで本家争いを避けているそうです。

それにしてもまたしても文化2年です。砂糖の普及の影響が大きいのでしょうが、何故に文化2年なのか?もう少し歴史の勉強が必要なようです。

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餅のお菓子と言えば桜餅がありますが、こちらは桜餅用の桜の木を栽培している畑です。

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2018年6月12日 (火)

山間の棚田

最近棚田が注目されています。棚田は平坦地の少ない山間部などで、斜面を少しずつ階段状に畔を作って切り開いた田んぼです。一枚当たりの面積が小さいことから機械化が難しく、農家の高齢化と共に耕作放棄されることが多くなっていましたが、近年になって文化遺産的な意味合いや、観光地としての価値が見直され、景観の保持のために耕作が復活される所が増えています。

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ここも、そのような棚田の一つで、伊豆の松崎町にある石部(せきぶ)の棚田です。この付近は平坦地が少なく、このような山間に棚田が開かれました。現在は有志多数によって稲作が行われています。

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棚田の最上部です。まさに猫の額ほどの面積ですが、一粒でも多くとの、米作りに向けた当時の人々の熱い思いが伝わって来ます。

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東京高裁が袴田事件の再審請求を棄却

11日午後、東京高裁は袴田事件の再審請求で静岡地裁が認めた再審請求について、地裁決定の根拠のDNA鑑定を「過大評価」と判断し、これを認めない決定をしました。はっきり言って東京高裁はボンクラの揃いで、法の下の正義の資格を自ら放棄した無能集団です。

袴田事件では容疑者の強引な逮捕以後、違法な過酷で長時間の取り調べを連日行い、容疑者を心神耗弱の状態に追い込んで、自白を誘導しました。この間の経緯については警察・検察はひたすら隠蔽し、裁判所は盲目的に調書を鵜呑みにして有罪判決に加担しました。違法な取り調べのテープが最近になって明らかになったり、行方不明とされた証拠物を撮影したネガフィルムがひょっこり見つかるなど、警察のやりたい放題だった捜査の状況が今更ながら彷彿される状況です。

何より容疑者逮捕の時点で、犯行時の着衣はパジャマとしたのに、後日別の衣類が何度も捜索したはずの味噌樽の中から、見つかると言う悪代官が登場する時代劇そっくりの展開です。しかもお笑いなのは、長期間味噌に使っていた筈の衣類はほとんど変色しておらず、弁護側の再現実験の結果とあまりに違っていても裁判所は見て見ぬ振りです。

何より驚くのは、これらの見つかった衣類はサイズが小さ過ぎて被告は着ることができなかったのに、味噌に浸かったことにより縮んだと嘘八百を述べましたが、再現実験ではほとんどサイズの縮みは確認されませんでした。また、警察は衣類の「発見」後に容疑者の実家を捜索し、共布が見つかったと証拠申請しましたが、発見の直前にメーカーから同じ布を入手しており、いかにも不自然です。もし本当に犯行時の着衣なら共布は衣類発見時に処分されているべきもので、不自然に発見される様は、ドラマの悪徳刑事の手口そのものです。

これらの明らかに事実と相違する証拠品について、裁判所は目を瞑ったまま、頑なに弁護側の主張に耳を傾けようとはしませんでした。これは明らかに警察・検察を擁護するために、被告の利益を無視した司法にあるまじき態度で、許せるものではありません。

そもそも、本事件は容疑者の勤め先の専務一家に強盗に入った末に家族4人を殺害したと決めつけていますが、普通に考えれば面が割れている専務の自宅に押し入るよりも、見知らぬ金持ちに押し入る方がはるかに合理的です。警察・検察の事件の筋立ては荒唐無稽としか言えないもので、このような稚拙で誤った捜査を高裁、最高裁が追認し、今また高裁が支持することは、我が国の裁判史上最大の汚点と言っても差し支えない愚挙そのものです。東京高裁よ、まともな神経を持っているなら恥を知るが良い。

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本件とは全くの無縁ですが、京都府警本部です。

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2018年6月11日 (月)

新幹線刃物死傷事件

走行中の新幹線のぞみの社内で乗客3人がが刃物で襲われ、男性一人が死亡、女性二人がケガをする事件が起きました。犯人の男は、通路側の背に座っており、新横浜から乗り込んだ女性客が窓側に座り、テーブルを使おうとしたところ、いきなり刃物で襲い掛かかったということです。

亡くなった男性は、この女性を庇おうとして犯人に襲われたものと見られています。男は刃渡り30センチのナタともう一本の刃物を持ち込んで犯行に及んでいました。犯人の周辺からは、男は自殺をほのめかしたり、刑務所に入所をする願望を口にしていたとのことですから、もしかしたら無差別殺人をすることで、逮捕され、死刑になって命を絶とうと考えたのかも知れませんが、無責任にもほどがあります。こんな男の身勝手な願望の犠牲となって突然命を落とすことになった38歳の男性が哀れでなりません。

それにしても、新幹線の安全管理には問題があると言わざるを得ません。2年前に乗客が車内にガソリンを持ち込み、走行中に床にまいて火を点けて焼身自殺を図る事件があり、巻き込まれた女性客が亡くなる事件がありました。この時、乗客の手荷物検査を実施すべきとの声が上がりましたが、利便性を優先するとの結論になり、車内に監視カメラを設置する対策だけが取られることになりました。

確かに新幹線の場合、短時間に多数の列車を運行していますので、全ての手荷物を時間を掛けて検査することには課題が多いかも知れません。しかし、通路に金属探知機を設置して、反応があった荷物だけをしらべれば、チェックする件数は相当絞れる筈です。また、過去にも車内で凶行が行われたことがあるのに、何の対策もとらないままで、漫然と運行して来たのも問題です。

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ホームに入線する東北新幹線。

今回は座席を外して犯人に対する盾としたようですが、駆け付けた車掌は犯人に対して何もできませんでした。せめて暴漢に対し、少なくとも運動能力を奪うスプレーやスタンガンの類は常備する必要があったのではないでしょうか。

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