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2009年8月17日 (月)

東北行2日目その2

城下町弘前は城郭の維持のため御殿大工を存続させました。津軽藩お抱えの城大工の家に生まれた堀江佐吉は明治になって、独学で学んだ洋風の建築物をいくつも建てました。洋風建築と言えば小樽や函館が有名ですが、これは海運のための港町で当然外国人の往来も盛んだったことでしょう。しかし内陸の城下町だった弘前に日本人の手で洋風建築が建てられたのはとても興味深い話です。

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土砂降り直後の旧弘前図書館、左後方が旧東奥義塾外人教師館。どちらも無料で開放されています。近くまで来て、厭な雲が頭上に広がったなと思っていたら、猛烈な降雨に見舞われました。あわてて屋根の下に逃げ込んで雨脚が治まるのを待ちました。

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屋根のドームなど随分苦労したのではないかと思いますが、見事な出来栄えです。白が基調になっているのは城大工出身の故でしょうか?

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庇の下の飾りや窓枠の色使いに彼の非凡なセンスがうかがえます。

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背後に建物があり、全景を撮ろうとすると広角でしか撮れず、こんな絵になってしまいました。

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前庭にはさまざまなミニチュアの洋風建築物が並んでいました。

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ここが弘前で、明治の日本人が建てた建物だと言うのがとても不思議に感じられました。近くに彼の集大成と呼ばれている青森銀行記念館もあったのですが、今回は断念しました。

実はアクシデントが起きてしまったのです。ここまで920Kmほどを一人で運転して来たのですが、長時間アクセルを踏む姿勢を撮り続けたせいか、膝の裏に痛みを感じて長く歩くことが出来なくなってしまいました。今まで脚の筋肉痛は色々経験しましたが、この場所は初めてです。仕方がないので、弘前での散策を打ち切って当初予定していなかった青森の三内丸山遺跡に向かうことにして、車中で脚を休めることにしました。

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復元された竪穴式住居。形状は床部分に明確な柱の跡がないことから推定したもののようです。保存のためか、茅葺き部分は燻されているようで近づくと独特の匂いがしました。

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有名な巨大構造物。使われた柱の太さから相当な高さを持った建築物であったことが推測されますが、形状や目的は特定されていません。もしかしたら出雲大社のように海上からのランドマークになる建物だったのかも知れません。

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遺跡内にはいくつか遺物をそのまま展示してある建物があります。ここは土器の破片がそのままの状態で地面に埋まっています。

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出土品を公開している展示室。黒曜石で作られた矢じりや槍が展示されていましたが、黒曜石は産地が限定されますが、海を渡った北海道産や長野県霧ヶ峰産などがあってびっくりです。自動車を駆使できる現代でも長距離移動に音を上げていると言うのに、一体どうやって流通させたのか感嘆するばかりです。

膝の痛みは進行はしないようですが、治まってもくれませんでした。この先酸ケ湯に行くのですが、台風9号の影響で夜間の大雨も予想されるので今日は黒石市まで戻って道の駅いなかだてで天気の様子を見ることにしました。途中で走行距離が1000Kmを越え、トリップメーターが0にリセットされてしまいました。ふぅ。

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