旅のフォトギャラリー ~熊本城~ ’09.09.17
臼杵城址、岡城址を見て熊本城にやって来ました。城の持つ外観的な風景の他に軍事的な地形利用や防備の工夫まで考えながら見るとなると、一日に三つお城を巡るのは結構きついものがありますが、肥後52万石の居城で日本3大名城の一つとなると、ひるむ訳には行きません。
西出丸越しの天守群。この石垣の高さを見るだけで堅城なのが判ります。
西大手門。このすぐ南側に南大手門が並び立ちますがほぼ同様の造りです。
西大手門内側。むき出しの柱が印象的ですが、城が木と石のハーモニーであることが良く判ります。
西出丸からの宇土櫓。慶長年間の建造ですが、西南の役の50日の攻防戦を耐え抜いて守り切りました。
本丸から見た宇土櫓。最上階に廻縁高欄をめぐらした三層五階の造りです。あまりに立派な外観から、加藤清正築城当時の天守ではないかとも言われます。今となっては焼失した天守の詳細が判りませんので、天守替わりの櫓とも言えなくもありませんが、古文書には五階御矢蔵と記されており、その位置からすれば櫓の一つと見るのが妥当と思われます。
並び立つ大小の天守。1877年の西南の役で焼失し、1960年に鉄筋コンクリートで再建されたものです。
飯田丸五階櫓。熊本城は加藤清正によって築城されましたが、清正の没後、嗣子忠広が謀反の嫌疑により改易となり、新たに城主となった細川氏によって手が加えられました。技術の進歩によって清正時代より細川の代の方が石垣の勾配は急になって、垂直に近くなっています。
横から見た本丸御殿。正面左側が清正時代、正面中央、右側シルエットの部分が細川時代の石垣です。シルエットの上部が垂直に近くなっているのが良く判ります。
現存する重文の不開門。最近再建された本丸御殿近くに位置していますが、大賑わいの御殿と違ってこちらは貸し切り状態でした。
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