国会議員が特別高潔な人種ではないことは周知のことです。が、しかし国民の代表である以上はそれなりの見識を備えていなければなりません。ところが実に嘆かわしい議員がいることが判りました。その議員はなんと自身のブログで故人を悼む体裁を取りながら、まさに死人に口なしをいいことに一方的に誹謗中傷としか思えない行為を行い、結果として2500を超える非難のコメントを受け取る羽目になりました。しかし未だに頑として故人並びに遺族への謝罪を拒否しています。以下は渦中の民主党、首藤(すとう)信彦議員のブログ記事の全文です。
http://blog.goo.ne.jp/sutoband/
ブログタイトル 「ある軍事評論家の死」
軍事評論家の江畑謙介氏が死去した。同じ専門分野だからもちろん良く知っている。1990年の湾岸戦争というものは、自国に関する限り、これまで戦争なんて死語だと思っていた日本に大きな衝撃を与えた。日本には本当の意味で、軍事専門家などはいない、また出てこないだろう。そのなかで、一応、擬似専門家としての役割を果たしたのが江畑さんだった。軍事情報誌のジェーン年鑑のエージェントというような役割で、日本には入ってこない情報をジェーン側から手に入れて、専門家としての評価を獲得した。それでも、でたらめな評論家に比べれば、はるかに中立的で高いレベルの情報提供だった。軍事オタクという言葉もこのころから出てきたが、江畑さんはある意味、そのハシリのようなものだった。まったく紛争地や実際の戦場に足を運ぶこともなく、兵器という切り口だけで戦争を論じる、日本にしか生まれない特異な軍事評論家だった。
それでもお互いに専門家として尊重しあい、もう10年近くになるがクラスター爆弾問題などでは、NGOの講演会にも講師として来て貰ったこともある。しかし、その後は政治、特に与党への傾斜が激しく、政府見解の応援みたいなことを軍事専門家のタイトルで行っていた。次第に自民党べったりになってきて、数年まえに会ったときには、自民党のプロパガンダの集会やイベントにも政治家に寄り添って立つようになった。きっと政治の世界にでていきたいんだなあ..と思ったことがある。軍人じゃあるまいし、評論家が皮の防寒服などを着てイベントに並んでいる姿をみて、悲しい思いをしたことがある。しかし、それでも60歳という若すぎる死を悼みたい。かって電話で講演を依頼したとき、ともかく生きていくためには、ひたすら原稿を書かなければならないみたいな理由で断ってきたが、やはり文筆だけでは生活は苦しかったのかもしれない。心よりのご冥福を祈りたい。
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これが知人の死を悼む文章とはとても信じられません。政治家は自己顕示欲が強く、己を大きく見せたいのは判りますが、公人である議員のブログで公表する文章とは思えません。まずタイトルです。首藤氏は夕刊紙や週刊誌のライターではなく、議員なのです。しかも親交があったとされる知人の不幸に際して普通このように冷たいタイトルを付けるでしょうか?個人を客観視することによって人と成りを際立たせる手法がありますが、この場面ではふさわしくなく、追悼どころか見下しているとしか思われません。
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>それでも、でたらめな評論家に比べれば
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これが人を称えることばでしょうか。「お互いに専門家として尊重しあい」と書きながら、「それでも」「でたらめな評論家と比べれば」と相手をことさら矮小化してこきおろしています。しかも江畑氏は度重なるNHKへの出演や多数の著作で多くの人から高い評価を得ていますが、首藤議員は知名度ですら遠く及びません。ウィキペディアの記述では「危機管理、予防外交、平和活動、など反戦平和活動を得意であることを自称する政治家である」としか記されていません。選挙区以外ではほとんど知られていない存在と言えるようです。続けて足跡を拾ってみました。
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■湾岸戦争の際は日本は金銭的援助のみで軍事的なことは近隣諸国にやらせればよいと主張。田原総一郎に「それは選民思想ではないかと」と反論される。実際はぐうの音の出ないほどにやり込められたようです。
■2004年10月28日、衆議院のテロ防止・イラク支援特別委員会において、イラクから日本人を送還する方法について、「『あそこにいる東洋人は麻薬の関係があるんじゃないのかという噂がある』と警察に密告すれば、警察は喜んですぐに逮捕して強制送還してくれますよ」と、虚偽の密告を推奨していると取られかねない発言をした。
■拉致問題において対北朝鮮経済制裁に猛反対し、拉致議連や拉致被害者家族会と対立している。首藤氏は自分は北朝鮮に経済制裁をさせないために議員になったと公言しており、北朝鮮寄りの立場を取っています。
■2005年6月29日、衆議院外務委員会で、日朝間の交渉が全く行き詰っている原因は日本政府の『にせ遺骨断定」と日本政府を糾弾した。
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おやおや、盲、蛇に怖じずとはこのことですね。北朝鮮の経済制裁は国連決議1718に基づくものです。国連主導の平和活動を目指すのが民主党の方針ですが、彼の目指すところ、守りたいものは違うようです。
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>しかし、その後は政治、特に与党への傾斜が激しく、政府見解の応援みたいなことを軍事専門家のタイトルで行っていた。次第に自民党べったりになってきて、数年まえに会ったときには、自民党のプロパガンダの集会やイベントにも政治家に寄り添って立つようになった。
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江畑氏は活動実績を評価されて防衛政策での政府委員をしていたので、傍目にはそのように映るかもしれませんが、政治的には中立を貫き客観的な評価を下していたことは多くの人が認めています。逆に民主党寄りでもなかったと言われれば、中立に立つ信条によって、それはその通りですが何の問題もなく、逝去直後の弔辞の中であえて触れるべき事柄でしょうか。印象操作の意図があるとしか思われません。
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>軍人じゃあるまいし、評論家が皮の防寒服などを着てイベントに並んでいる姿をみて、悲しい思いをしたことがある。
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服装について首藤氏がどう思おうと勝手ですが、軍事の専門家を自負する人が軍人蔑視とは驚きです。皮のコートは防寒性に優れ警察官も着用していますが、皮革の衣服が恥ずかしいものとは知りませんでした。
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>かって電話で講演を依頼したとき、ともかく生きていくためには、ひたすら原稿を書かなければならないみたいな理由で断ってきたが、やはり文筆だけでは生活は苦しかったのかもしれない。
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多くの人が指摘していますが、原稿料よりも講演料の方が遥かに高額であり、いかにも温厚な江畑氏らしく首藤氏を慮って婉曲な断り方をしたと言うのが妥当な見方だと思います。そして、もし本当に江畑氏が困窮した生活を送っていたとしても弔辞に取り上げるのにふさわしいエピソードとは思えません。議員として金銭的にも恵まれた優越感に浸る思いがどうしても透けて見えてしまうのは私の性根が卑しいからでしょうか。
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>心よりのご冥福を祈りたい。
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散々故人を貶めながら、最後に取って付けたようにこの文言が書かれていますが、全く弔意が伝わって来ません。「ご冥福をお祈りします」が普通の表現であって、「祈りたい」では本当はしたくないのだけれど、気が向いたらそうしようかと思っているとしか受け止められません。
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以上言葉尻ばかりを捉えての上げ足取りと思われるかもしれませんが、首藤氏は国会議員であり東海大学で教授として教壇に立った経歴の持ち主です。人に正確に物事を伝える能力を問われる立場なのです。ましてや危機管理や外交の専門家を自負するのであれば、もう少し言葉の使い方について注意を払う必要があるのではないでしょうか。そして一刻も早く江畑氏やそのご遺族に非礼を詫びるのが人間として取るべき姿だと思います。
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