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2015年8月22日 (土)

浜松城で現地説明会

浜松市では今年度の浜松城跡の発掘成果について、現地説明会を開きましたので、早速行って来ました。今回は、昨年の発掘でその存在が確認されていた堀尾吉晴時代の石垣の残存状況についての説明でした。

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本日は晴天に恵まれ、早くから気温が上昇したため、当初の午前10時開始のところを9時20分からの開始となりました。

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今回確認された石垣の全景です。左端は花崗岩の擁壁で途切れていますが、左端上部シートの所が末端であることが確認されました。右側は残念ながら途中で石垣が壊されており、存在が知られている鉄門(くろがねもん)までは繋がっていませんでした。

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ブルーシートの所が石垣の末端です。ここから石垣は北に向かって折れ曲がり、天守曲輪の石垣につながっていることが確認され、江戸時代に描かれた遠州浜松城図の記載通りであったことが裏付けられました。

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石垣を上から見たところ。浜松城の石垣は、野面積みと呼ばれる切り石をそのまま積み上げる手法で積まれていますが、こうして見ると表面に出ている部分よりも見えない部分の方がはるかに長いことが判ります。このような積み方が、400年以上の年月にもかかわらず、石垣が崩れなかった理由です。

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今回の調査で石垣の西端が明確になったことで、多聞櫓の位置が特定でき、これまで推定でしかなかった鉄門の位置が初めて特定されました。ブロック上に貼られたテープの位置が本丸への正式な出入口であった鉄門があったところです。

位置が特定できたことで、要望の強い鉄門復元への追い風になるかと思われましたが、場所が良くありません。この場所は市によって地下駐車場工事が行われており、鉄門の遺構は調査もされないまま、破壊されてしまったものと思われます。

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地下駐車場南出口。丁度この後方が鉄門の位置になります。天井の厚さを考えれば、地表面の土は全て取り除かれている可能性が高いと思われ、鉄門の構造を考古学的手段によって確認することはできないようです。

城跡が廃城後に、地元自治体によって庁舎が建てられたり、学校用地に使われることはよくあることですが、遅まきにも文化財の価値が認識されたであろう時代に、よりによって市当局によって貴重な文化財が破損されてしまったことは返す返すも残念で、悔しい限りです。
発掘を担っている当の文化財課もやるせない思いでしょうが、責任者出て来~いっ!

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