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今日はハロウィン

今日はハロウィンだそうです。元はケルト人の宗教的な行事だったようですが、米国に渡って宗教色が薄まって国民的な行事となり、わが国に伝わりました。この季節になるとマスコミが大々的に取り上げるので、わが国でも急激に広まったような印象ですが、SNSの発達で仮想した写真を送ることが一般化したことが流行に一役買っていると言う説もあるようです。

私のような歳になると、なんで日本人が西洋生まれの行事で大騒ぎをしなければいけないのかと思ってしまいますが、日本記念日協会の試算によれば今年の経済効果は1200億円と、バレンタインの1080億円を上回るそうで、たくましい商魂がこの行事を裏で支えているようです。

ハロウィンは華やかな行事としてすっかり定着したようですが、私には留学生射殺事件がどうしても思い出されて仕方ありません。米国滞在中の東海地方出身の日本人の留学生がハロウィンの仮想をして民家を訪問したところ、不審者と間違えられて「フリーズ」(動くな、止まれの意味)と言われましたが、意味が理解できず、なおも歩みを続けたところ相手に射殺された事件です。後日、仕事の訪問先で被害者の父親と面談する機会があったこともあり、どうしてもこの悲劇が思い出されてしまいます。

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三菱MRJに試験飛行許可

国交省は29日、三菱航空機が開発中の国産ジェット機のMRJ(三菱リージョナルジェット)に対し、試験飛行に必要な航空法上の許可を出したと発表しました。MRJはこれまで何度も試験飛行の日程を延期しており、直近でも今月26日~30日の予定を再度延期していました。

今回の延期は、飛行中に片側のエンジンが停止した場合の安全性向上のため、舵の利きを広げる目的で操舵用のペダルの可動範囲を広げる改修を行なうためでした。これで法律上はいつでも初飛行が可能になった訳で、来月9日~13日の間に初飛行が行われる予定となりました。初飛行は悪天候を避けるため、現時点では日程が明確になっていませんが、9日が晴れであれば、9日に行われる可能性が高いものと思われます。

初飛行後はわが国だけでなく、米国、EUでの型式証明を取得するため、国内と米国の双方で試験飛行を繰り返し行なうことになっています。当初予定の2011年から4年遅れとなりましたが、こんどこそ、その日がやって来ます。初飛行が無事に行われることを祈りたいと思います。

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家康の「しかみ像」に新説

三方原の合戦で信玄に大敗し浜松城に逃げ帰った徳川家康が、後の戒めとするために己の無様な姿を記録させたとされるのが有名な「しかみ像」ですが、この通説に真っ向から異論が唱えられていたそうです。

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こちらが「しかみ像」です。現在は名古屋にある徳川美術館に所蔵されています。以下10月24日付のYOMIURI ONLINE 中部発からの引用です。

今年8月に同美術館で開かれた講演会で、学芸員の原史彦さんがこの常識を覆す新説を公表した。

 それは、三方原の戦い後に家康が自ら描かせたものではない――という衝撃的な説である。

 原さんが由緒を改めて確認したところ、この画像は、江戸時代中期の尾張徳川家9代の徳川宗睦むねちか(1733~99年)の嫡男の妻で紀伊徳川家から嫁いだ従姫よりひめが1780年に持ってきた嫁入り道具だったことが判明したのだ。

 家康の画像とは伝わっていたため、従姫の死後の1805年に、尾張家が家康ゆかりの物を収める「御清御長持」(おきよめおんながもち)に加えられた。ただ、江戸時代にはこの画像が三方原と結びつけられてはいなかった。

 三方原の敗戦の図と初めて紹介されたのは、1935年(昭和10年)に、徳川美術館が開館した翌年1月のこと。その際は、家康が自ら描かせたのではなく、尾張家初代の徳川義直よしなおが父親の苦難を忘れないように描かせたとされていた。この話を地元新聞での対談で語ったのが、美術館を創設した19代の徳川義親氏(1886~1976年)だったため、その後、三方ヶ原戦役画像として定着。72年に刊行された収蔵品目録で、義直ではなく家康が自ら描かせ、生涯座右を離さなかったと記されたことで、現在の「しかみ像」のイメージが固まったという。

 正直驚くべき話です。生涯座右を離さなかったのであれば、遺品が多く収蔵されている久能山東照宮ではなく、尾張家に伝わっていることから原氏の調査の方が正しいように思われます。
また、常識的に考えれば、確かに生きるか死ぬかの戦の最中に、のんびりと絵師に肖像画を描かせるのはあり得ないことです。ただ、その場ではスケッチを描かせて後日仕上げることはありそうです。関ヶ原の戦いも屏風絵などに描かれていますが、どれも江戸時代に入ってからの制作です。果たしてどこまで正確なのか疑問に思わないでもありませんが、参考になる資料や図、絵画を集大成したものなのかも知れません。

現在のことですから放射性炭素による年代測定法を使い「しかみ像」が描かれた紙の製作年代を調べれば、いつ頃描かれたのかは、ある程度絞り込むことが可能です。もしかしたら、既に行われているのかも知れませんが、果たして真相はどうなのか、本当のところが気になります。

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中世の浜松は水の都だった

このところ郷土の歴史について調べていたら、浜松市文化財課がUPしている中世の地図を見つけました。その地図によれば、市内は天竜川とその分流が縦横に巡っていて、まるで水郷のような有様です。

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地図はトリミングして河川名を追記してあります。

元々浜松は浜津(はまつ、海に面した港の意味)が転化した地名ですから、水には縁が深い土地なのですが、それにしてもここまで河川が多かったのには驚きました。そこで、現在の地名で川に関係する町名及びそれに類する地名を調べてみました。

とりあえず山間地が多い天竜区を除いた残り6区について島の付く町名がいくつあるか見てみます。

浜北区 上島、寺島、永島

北区(三方原台地) なし

東区 大島町、北島町、篠ケ瀬町、原島町

南区 江の島町、中田島町、西島町、福島町、松島町、三島町

中区 上島 北寺島町、寺島町、中島町、細島町

西区(浜名湖周辺) なし

なんと合計17町もありました。まるでベニスのように島によって出来ている都市のようです。これ以外にも川が付くものが7町、瀬が付くものが4町、橋の付くものは意外に少なく1町のみ、船の付くもの1町、その他で堤町、小沢渡町が各1町も入れると総合計で32町になります。大阪の八百八橋にはとても敵いませんが、それでもここまで川に関連した町名の多い都市は珍しいのではないでしょうか。

もし、私が知らないだけで、もっと川に関連した都市がありましたら異論・反論を大歓迎しますので、コメントをよろしくお願いします。

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米イージス艦が南沙人工島周辺を航行

本日午前、米海軍のイージス艦ラッセンが、中国が領海と主張しているスプラトリー諸島の人工島の12海里(22Km)の内側の海域に入った模様です。中国は海面下で国際法上は島とは認められない海面を埋め立てて人工島を造成し、自国領土と主張して滑走路などを構築していました。

これに対し、航行や上空の通過の自由を主張する米国が、24時間以内にイージス艦ラッセルを現場海域に派遣すると公表していました。ラッセルには哨戒機P-8を随伴させることも明らかにされており、更にシンガポール周辺では空母ルーズベルトが中国の戦闘機に対する警戒任務に当たっている模様です。

今のところ中国側からの目立った反応はない模様ですが、中国のメンツは丸つぶれとなった訳で今後の展開が注目されます。

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リコール通知

終末に車のディーラーから電話がありました。何だろうと思って電話に出ると、リコールの通知でした。私の愛車はステップワゴンです。タカタ製のエアバッグによるリコール問題で対象車種が拡大し、新車の販売成績にも大きな影響が出ています。、幸い私のステップワゴンは対象に含まれていないと思っていましたので、これまで対岸の火事でしたがとうとう当事者の仲間入りとなってしまいました。改めて調べてみたら、今年の5月14日公表分に含まれていました。連絡が今になったのは交換部品の手当の問題だと思われます。

今回のリコールはエアバッグ作動時に火薬を詰めた容器であるインフレ―ターが破裂するものがあり、場合によっては乗員が死傷する恐れがあるというものです。エアバッグを膨らませるのに使用する火薬は一般的に硝酸グァニジンが使われますが、タカタはガスの発生量が多い硝酸アンモニウムを使用していました。硝酸アンモニウムは吸湿性が高く、湿気によって爆発力が高くなってしまったことが考えられていますが、実際にインフレ―ターの気密性が低いものが発見されているようなので、インフレ―ターの組み立て上の不具合の可能性があるのかも知れません。

幸いこれまでエアバッグが作動するような衝突事故を起こすようなことはありませんでしたが、本来事故の被害を軽減する安全装置であるエアバッグが危害を及ぼすとは大変困ります。エアバッグの安全性について、有効期間の設定や品質評価の方法など国際的な再発防止策が求められます。

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電子戦防護

現在の戦闘機にはレーダーが欠かせませんが、これを妨害するために相手からは妨害電波が発せられます。このように相手のレーダーを妨害することをECM(電子対抗手段)と言い、レーダー信号そのものに対する妨害をジャミングと言います。相手を探知できなければ、こちらが不利になりますので、これらに対する対抗手段が必要になりますが、ある軍事ライターの記事が物議を醸しています。その記事とは↓

http://toyokeizai.net/articles/-/88753

ライターは致命的な勘違いをしています。自衛隊が国内の電波法の壁によって思うように作戦が行えないのはその通りですが、本来の早期警戒機がECMを行うことはありません。敵対国は我が国のレーダーの周波数を収集して、有事の際にその周波数の妨害電波を発して自衛隊のレーダーを無効化しようとしているのはその通りです。そしてそれこそがECMとなります。

これに対抗するのがECCM(電子対策)、またはEP(電子防護)と呼ばれる手段で、一般的にはレーダーの周波数を他の周波数に切り替えて妨害を無効化します。記事はECMとECCMを取り違えていますが、折角の問題提起が基本的な事実認識の誤りで肝心の論点がぼやけてしまっています。この記事のライターは、独自の視点で自衛隊に関する問題点を取り上げていますが、論調に独善的なところがあって主張が的外れとなることが良くあります。今回も、折角の自衛隊の装備が国内の規制によって十分生かされていないと言う切り口だったのですが、早期警戒機の機能そのものを誤認しているようでは何をか言わんやです。

指摘にあった早期警戒機のE-2Cは搭載レーダーがAWACSのE-767が搭載する2GHz帯よりも低い400MHz帯を使用しており、ステルス機の探知にも大変有利だと言われています。敵対国の侵入に対する折角のアンテナである早期警戒機の性能を100%発揮することは国益に叶うことであり、そのことに対する問題提起は今後に対する一石を投じるものとして意義があったことは間違いありません。

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手前の機体が早期警戒機のE-2Cです。

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今日は孫の子守り

娘夫婦が上の孫を連れて昨夜から遠出をしたので、今日は一日中下の孫の子守りでした。泣き付かれるのではないかと心配しましたが、思いの外元気に過ごしてくれたので、何とかおじいちゃんの面目が保てました。

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松下屋敷跡へ

昨日の記事に松下屋敷を取り上げましたが、当地の写真がないことに改めて気が付きましたので、散歩を兼ねて行ってみました。松下屋敷については、これまで浜松市による発掘調査が行われ、焼けた瓦などが出土して今川勢による襲撃により頭陀寺城が炎上した記録の内容と一致することが確認されています。

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浜松市による松下嘉平次屋敷跡の石碑。屋敷跡西側にある頭陀寺第一公園にあります。尚、嘉平次は通称で本名は之綱(ゆきつな)ですが、之綱は秀吉と同年齢とされるため、年齢的に実際に秀吉が仕えたのは之綱の父の長則ではないかと考えられます。秀吉の朱印状では松下加兵衛と記され、後に遠州久野城1万6000石の城主に取り立てていますので、松下家での待遇にかなり恩義を感じていたことがうかがえます。

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松下屋敷に関する案内板。松下屋敷が周囲に濠をめぐらし、約3700坪の広さを持っていたとされています。これであれば小さいながら城と言えないこともない規模と言えます。

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現在、屋敷の主要部分は回転すし店の敷地と幹線道路となっていますが、店舗建設前の発掘では駐車場部分から礎石や大量の陶器が発見されました。駐車場の北側に店舗が立っていますが、さる筋から聞いた話では遺構を保存するため店側の配慮で現在のような配置になったとのことです。

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頭陀寺第一公園の北東の一角に土塁跡がわずかに残されています。今年度の発掘で、盛り土部分が土塁であることが確認されました。

以前は旧芳川村が建てた案内板が設置されていたとのことでしたので探してみましたが、見当たりませんでした。何らかの事情によって浜松市によって撤去されたのかも知れません。

日吉丸当時の秀吉が松下家に仕えたことは伝承とされていますが、末端の家臣でありながら朱印状に名前が記されたり、後に大名に取り立てられていることから、実際の出来事と見て間違いないと思われます。

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秀吉の朱印状

浜松市が京都の古文書店から購入した秀吉の朱印状が報道陣に公開されました。この朱印状は1590年に秀吉が小田原城の北条氏を攻めた小田原攻めの際、浜松城に到着したことを先行する武将達に伝えたもので、3月13日に浜松城に着陣したことを裏付ける資料です。

当時、浜松は徳川家康の所領でしたが、家康自身は1586年に新たに所領となった駿河や甲州を統治するため駿府に移っており、家臣の菅沼定政が城代となっていました。この時代の浜松城は当時主流だった土塁による城でしたが、小田原城落城後に家康が江戸に移されて、新たに城主になった豊臣家重臣の堀尾吉晴によって石垣造りの城へと変貌を遂げました。

秀吉は東海道を東進しながら各地の城が未だ土塁中心の城であったことに着目したのか、新たに家臣を配した岡崎、浜松、掛川の諸城に石造りの城への改修を命じたようです。これは先日の二俣城の時にも述べましたが、家康の時代から豊臣の時代になり、その上に君臨する豊臣家の威光を臣民に知らしめるためだったと思われます。

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秀吉は信長に仕える前の10代の頃、ここ浜松に今川氏の家臣であった松下氏の館(浜松市は松下屋敷、または頭陀寺城と呼称)の使用人として何年かを過ごしています。
秀吉にとって思い出の地である浜松に何らかの思い入れがあったのかも知れません。

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基地固定化で翁長知事を提訴

沖縄県の翁長知事が辺野古埋め立ての承認を取り消したことに関し、宜野湾市の住民12人が、普天間基地を固定化し人格的生存権侵害の永続化を招くとして、知事と県を相手に、取り消しの無効確認と総額1億2000万円の損害賠償を求め、那覇地裁に提訴しました。住民たちは訴状で「個人的な政治的パフォーマンスが目的で、知事権限の乱用だ」とも主張しています。 

これは住民たちの心からの怒りによる抗議行動だと思います。普天間飛行場の危険性が問題になってから、移転先を巡って散々議論が尽くされ、やっと辺野古沖への移転で動き出した矢先に、これまでの実績を全て否定されては、住民としては堪ったものではありません。翁長氏は現地沖縄に居住し、騒音や危険に直面する普天間周辺の事情や、大半が移転を受け入れている辺野古住民の意向を十分熟知していながら、辺野古移転を取りやめようとしてるのは住民無視も甚だしいものです。

民意の重視を主張しながら、当の住民の意思を無視し続けるのはいかがなものでしょうか。今後県と国の訴訟が長引くようであれば、普天間周辺の住民による、この手の訴訟が増え続けるような気がします。

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下町ロケットが好スタート

半沢直樹で知られる池井戸潤の原作「下町ロケット」をドラマ化した同名のドラマが18日からスタートしました。初回の視聴率は16.1%で好調な滑り出しとなりました。実はこの小説は週刊誌に連載中から愛読し、単行本化された時には初版を買っています。宇宙開発の舞台裏の企業ドラマとして虚実織り交ぜたストーリーですが、エンターテイメントとして素直に楽しめる作品でした。

コミックや小説をドラマ化した場合、原作とは違う雰囲気になってしまったり、原作をなぞるだけで上辺だけの作品になってしまうことが多いのですが、今回も半沢直樹の大ヒットによって、やや半沢色が顔を出し過ぎているような気がします。中小企業経営者の夢と現実、特許を巡る訴訟問題、巨大企業による企業買収の攻防と壮大なスケールの作品なだけに、監督のちょっとした匙加減でドラマのカラーが決まってしまいますが、視聴率が至上命題なので、この辺りは仕方のないところかも知れません。

国産液体燃料ロケット開発におけるドラマなだけに、燃焼シーンや組み立て現場のシーンなど映像化については費用や技術協力の高いハードルがありますが、嘘っぽくならないようにして欲しいものです。

尚、作品中で佃製作所として登場しているのは大田区にある、桂川精螺と言う会社で、その昔に少しだけ取引で関わりがあった会社です。協力企業の中に名前を見つけて懐かしく感じてしまいました。

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あきれ果てた韓国司法

韓国の朴槿恵大統領が貨客船の沈没事故の際、7時間にわたって所在不明になっていたことを取り上げた韓国紙の記事を引用した産経新聞の加藤前支局長が、大統領に対する名誉棄損に問われた事件の公判で、検察側が懲役1年6か月の求刑を行いましたが、常人の理解を超える成り行きであきれ果ててしまいました。

司法制度が確立された民主主義国家で、新聞の記事を引用したことが罪に問われることなど聞いたことがありません。そもそも、新聞記者が権力に対して批判的な記事を書くのは当然のことですし、その記事が事実に反する虚偽の内容でない限り、表現の自由が保障されるのが近代国家です。にも拘わらず、他紙の記事を引用したことを理由に罪に問われるのは職権の乱用であり、言論の自由に対する重大な干渉行為です。

しかも当の記事を書いた韓国紙の記者に対しては、全くお咎めなしとあっては、産経新聞を狙い撃ちした不当行為のそしりを免れません。このような不当な訴訟を放置する韓国政府や司法界の自浄能力の無さには、ただただ呆れるばかりです。無法な竹島不法占拠を恥じるどころか、何の根拠も示せないまま正当性を主張するなど、韓国の法理論については理解を超えていますが、このような無法がまかり通るのには、怒りを通り越してあきれるばかりです。

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二俣城現地説明会速報

本日浜松市文化財課主催の、二俣城発掘調査の現地説明会がありましたので行って来ました。二俣城は上洛を目指して南進した武田信玄が攻略した後、家康が何度か奪還を試みましたが果たせず、長篠の合戦で武田方が大敗北した後にやっと奪い返した遠江における戦略上の重要拠点でした。

天下を統一した秀吉によって、新しく浜松城主になった堀尾吉晴が二俣城も豊臣流の石造りの城に改修しましたが、大手門や中仕切り門、天守などの重要部分に限られていると考えられていました。二俣城は関ヶ原の合戦の後、廃城となって樹木が生い茂った状態となって放置されていましたので、これまで山中に分散する遺構について詳しいことが判っていませんでした。

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当時は天竜川との合流点だった現在の天竜川東岸の堤防上から見た西曲輪の石垣。

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かつては、このあたりが二俣川の合流点で、右岸に川船の港があったと考えられています。

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今回発見された石垣。堅固とされる野面積みですが、上部は崩れていましたが、当時は3m程の高さがあったようです。

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崩れた部分の地下には裏込めの栗石があったので、かつてはこの高さまで石垣があったことが裏付けられました。

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昨年発見された石垣。今回発見の石垣と繋がっていたものと考えられます。この石垣は二俣川からも天竜川からも望むことができますので、船旅をする人々に豊臣政権の威光を示す目的があったのではないかと考えられています。

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二俣城本丸と二の丸を仕切る、中仕切り門から見た天守台。織豊時代の石積みの特徴を良く表しています。浜松城と良く似た天守台も天竜川から良く見える西の端に築かれています。二俣城の発掘調査は今後も継続して行われ、土塁の城から石垣の城への移行期の城郭として、将来的に国の史跡への登録を目指しているとのことです。

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晩年

作家太宰治の作品の一つに「晩年」があります。晩年とは人生の終末期を指す言葉ですが、「晩年」は彼が27歳の時の最初の作品集だったのです。デカダンスと評された彼がちょっと背伸びして付けたタイトルだったのかも知れません。

何故か急にこの言葉が浮かんだのは俳優、田中邦衛の近況を伝えるネット記事を読んだからです。ドラマ北の国からで黒板五郎を演じて日本中の共感を呼びましたが、気が付けば何時しかテレビで見かけることがなくなってしまっていました。今年の5月には北の国からをプロデュースした中村敏夫氏が亡くなりましたが、その葬儀にも参列せず健康面が心配されていました。

記事が伝えるところでは、現在は歩行が困難な状態のため、車椅子での生活を余儀なくされており、リハビリのために老人ホームに一時入居しているとのことです。北の国から開始時には49歳だった彼も現在は82歳になっていました。私の中では富良野の丸太小屋で自然に逆らわずに生きている黒板五郎のイメージが定着していますが、現実は冷酷で老いは確実に進んでいました。

女優原節子は、小津安二郎監督野の死とともに女優を引退してファンの前から姿を消してしまい、現在までその後の映像が伝えられることはありません。ファンにとっては当時のままの姿で生き続けている訳です。最近は録画機器の発達で、芸能人と言えども容易にプライバシーが晒されてしまいます。シャイだったとされる田中氏が年老いた姿を世間に見せることを望んでいるとは思えませんが、世間に夢を与え続けたエンターテイナー達の晩年の姿について報道する際は、一定の配慮が求められるのではないでしょうか。

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豪への潜水艦輸出問題

オーストラリアはスェーデンのコックムス社の設計で自国で建造したコリンズ級潜水艦6隻を運用していますが、潜水艦の建造実績に乏しかったのが原因で、当初想定した性能を手に入れることはできませんでした。そこで、新たに大型の通常動力の潜水艦12隻を導入する構想を建て、この分野で実績のある我が国に輸出を打診してきました。

当初、武器輸出3原則によって実現性に疑問が持たれていましたが、その後武器輸出の要件が緩和されたことから、にわかに現実味を帯びることとなりました。当時のアボット政権はコリンズ級の失敗の経験から全数を自国の造船技術を見限り、日本からの完成品の輸入を想定していましたが、地元住民や企業から雇用確保の観点から自国建造を主張する声が高まったことから、ドイツやフランスと言った日本以外の国も含めて入札による決定に方針を転換しました。その後、ターンブル元党首の挑戦を受け党首選を行いましたが、党首の座を失い、首相を退陣することになりました。

オーストラリアは長大な海岸線を持っているため、長期間の航海が可能な排水量4000トン級の大型潜水艦を希望していますが、諸外国では自国周辺での比較的短期間の航海しか要求されないため、原潜を除いてこのような大型の通常動力潜水艦を建造したことがありません。潜水艦の輸出国として実績のあるドイツでもせいぜい2000トン止まりです。そのため水中排水量4200トンのそうりゅう型潜水艦の運用実績のある我が国の技術力に注目したのは当然と言えば当然のことでした。

コリンズ級の失敗からも判るように潜水艦の建造は独特の自術が要求されるようで、お隣の韓国もドイツからのライセンス生産で排水量1860トンの204型潜水艦を建造しましたが、スクリュー騒音が大きい欠陥が発生したりと順調な運用とは程遠い状況のようです。我が国は、1909年に国産初の第6型潜水艦を就役させて以来、脈々と受け継がれて来た100年以上の潜水艦の建造実績がありますが、新規参入の壁は予想以上のものがあるようです。

我が国でも太平洋戦争以前は船体をリベットで接合する方法でしたが、強度では溶接構造に敵いませんでした。戦後1960年になって、米国の技術支援により初めて溶接構造のおやしお型潜水艦を建造し、現在に至っています。

現在オーストラリア政府の決断待ちとなっている新型潜水艦導入問題ですが、どんなけっかとなるのでしょうか。その結果に注目したいと思います。

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X型の舵が特徴的なそうりゅう型潜水艦。 (海上自衛隊HPより引用)

http://www.mod.go.jp/msdf/formal/gallery/ships/ss/soryuu/501.html

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天網恢恢

ドイツVW社の排ガス不正事件で企業の在り方が世界中で問われることとなりましたが、そんな最中、わが国でも世間の信頼を失う事件が相次いで明らかになりました。

一つ目は横浜市で三井住友建設が施工したマンションで、基礎工事を請け負った旭化成建材が地盤調査を偽装して施行したため、建物が不等沈下して傾いたと言うものです。一頃、耐震強度を偽装して、建築費を安くごまかす手口で多くの被害者を生みましたが、このような大手の企業がどうしてこのような悪質な事件を起こしたのか、ちょっと信じられない事件です。

二つ目は先に建築用免震ゴムで耐震性の数値をごまかしていた東洋ゴムで、産機用の防振ゴムでも不正が行われていたというものです。不正が行われていたのは免震ゴムを製造していたのと同じ明石工場でしたが、具体的な納入先や不正の内容については現段階で明らかにされていません。防振ゴムはエンジンやコンプレッサーなどの振動や騒音を発する部品に取り付けて振動や騒音を和らげる目的に使用しますが、品質が劣っていればその性能や寿命に影響が出ることが予想されます。かつて我が家で使用していた冷蔵庫のモーターに使われていた防振ゴムが異常に早く劣化したことがありました。この部品が東洋ゴム製だったかは、今となって闇の中ですが、今後こんなケースが続発することもあり得ないことではありません。

地盤に打ち込む杭も上に建物が建てられてしまえば、外から見ることはできません。少々不正をしても判らないだろうと思ったのかどうか、また、防振ゴムも使用してしまえば日常的に消費者の目に触れることはありません。今回の不正が人目に触れにくいところで起きていることが、より一層悪質だと感じられます。それにしても「天網恢恢疎にして漏らさず」とはけだし名言だと思います。

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新型プリウスが燃費40Km/Lを達成の見込み

トヨタは12月に4代目となる新型プリウスを発売予定ですが、一部の車種でガソリン1リッター当たりの走行距離が40kmになる見込みです。トヨタは国の審査が終わっていないとして明言を避けているようですが、明確に否定もしていませんので、どうやら40Km台になるのは間違いないようです。

ハイブリッド車は当初ニッケル水素電池を搭載していました。より充電効率に優れるリチウムイオン電池にすれば小型軽量化が可能だったのですがコスト高になるため、あえてニッケル水素電池を選択してきました。新型プリウスでは車種によってニッケル水素電池とリチウムイオン電池を使い分けるようです。当然高燃費車はリチウムイオン電池になる訳ですが、今後も高能率の電池が開発されれば、同じシステムでも燃費が改善される可能性があります。

かつてはリッター30Km越えが一つのハードルでしたが、技術の進歩で30Kmは当たり前のシステムとなりました。これから先どこまで燃費は伸びるのか、メーカー間の開発競争が続きます。

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マレーシア航空機はロシア製ミサイルで撃墜

昨年7月17日にウクライナ上空で撃墜されたマレーシア航空MH17便についてオランダ安全委員会主導の国際調査チームの報告書が、ロシア製の地対空ミサイル「ブーク」によって撃墜されたとする結論に達したとオランダの日刊紙フォルクスクラントが13日に報じました。

事件は親ロシア派が支配するウクライナ東部で発生し、親ロシア派の武装勢力は遺体の収容作業や事故機の調査に対し、露骨な妨害を行いました。またロシア政府は事件はウクライナ政府軍のSu-25攻撃機が発射した空対空ミサイルによって起きたと言う主張を終始行っていますが、そもそもSu-25の最高到達高度は7000mで、MH17便が飛行していた高度10000mまでは上昇できず、撃墜することはできません。

また現場から回収された機体の破片から撃墜したミサイルの破片が発見されましたが、破片の形状からミサイルはロシア軍が保有する地対空ミサイル「ブーク」であることが明らかになっていましたが、更に遺体からもこの破片が発見されていたことが明らかにされました。

ロシアは未だに事件への関与を否定していますが、「ブーク」は爆発時に独特の形状をした調整破片をばらまく構造をしており、回収された破片の形状が「ブーク」のものであることは明白でした。また、親ロシア派は航空機を保有しておらず、ウクライナ軍が親ロシア派に対して地対空ミサイルを発射することはあり得ません。事件はロシアの支援を受けた親ロシア派によって起こされたウクライナ軍の輸送機との誤認撃墜事故と思われます。親ロシア派、ロシア政府は事件の責任を認め、実行者の引き渡しと犠牲者の遺族とマレーシア航空に対して速やかな謝罪と賠償を行わなくてはなりません。

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ブークではありませんが、空自の基地防空用11式短距離地対空誘導弾です。

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翁長知事が辺野古埋め立て承認を取り消し

沖縄県の翁長知事が、本日辺野古埋め立て承認の取り消す手続きを行いました。辺野古の埋め立て承認は仲井間前知事が承認し、それに基づいて政府が埋め立て工事を開始していましたが、沖縄県は承認に瑕疵があったとして承認を取り消す意向を表明していました。

これに対し、防衛省は公有水面埋立法を所管する国土交通省に取り消し処分の効力停止と処分の取り消しを求める行政不服審査を申し立てるものと見られており、この間も工事を進める意向です。

正直翁長知事の思考回路が理解できません。地方自治体が国防や外交など政府の統治行為について正面から異を唱えるばかりか、実力行使をするなど越権行為も甚だしいと言わざるを得ません。ましてや米軍の基地については安保条約で基地の提供を義務付けられており、基地の必要性について論ずること自体が国に対する越権行為であり、米国にしてみれば日米合意に対する外交的暴挙です。今回は公有水面埋立法の許認可を知事が行っていることを盾に取ったものですが、同法が国交省の管轄下にある以上、県が国交省の上に立つことなどあり得ません。また辺野古周辺の住民の大半は埋立について容認していますが、本来の当事者である民意を無視する行為です。

この問題は、そもそもが普天間飛行場の移転問題に端を発しており、鳩山元首相の軽率な妄動によって大幅に着工が遅れて危険な状況が固定化されているのに、恣意的で強引な法解釈で更に混乱を引き延ばすような行為は断じて認められません。

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ゴン中山が実戦復帰

ラグビー日本代表がW杯の活躍で日本中を沸かしていますが、ここにも熱い男がいます。元サッカー日本代表のゴンこと中山雅史選手(48歳)が、11日に行われたアスルクラロ沼津対ジュビロ磐田との練習試合に後半39分から沼津のキャプテンマークを付けて出場し、観客を大いに沸かせました。

中山選手は痛めた膝のコンディションが回復せず、2012年のコンサドーレ札幌を最後に事実上の引退をしていましたが、先月14日に沼津に加入し、現役復帰の機会をうかがっていましたが、古巣ジュビロとの練習試合と言う願ってもない舞台での復帰となりました。試合は2-1でアスルクラロ沼津が勝利すると言う思わぬ結果でした。これも燃える闘魂のゴン中山効果だったのかも知れません。

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自宅キャンプで死亡事故

生憎の天気となってしまった3連休の中日ですが、残念なニュースが入ってきました。三重県で自宅2階のベランダにテントを張ってキャンプ気分を楽しんでいた家族が、暖房用の七輪によって一酸化炭素中毒にかかり、7歳の長女が死亡する事故が起きました。

どのような服装、寝具を使用していたのか不明ですが、このところ夜間は20℃以下の気温になりますので、夏用のシュラフやタオルケットなどでは寒さを感じてしまったのかも知れませんが、テント内で長時間火器を使用するのは大変危険です。過去にもこの手の事故が度々発生していますので、テント内での火器の使用をしないように本体に注意書きが添付されていた筈ですが残念です。

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季節や標高によって気温が低い場合がありますが、テント内で火器を使用すると一酸化炭素中毒の他、火災の危険もありますので大変危険です。この時も朝方はかなり冷え込みましたが、暖房は一切していません。

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ロシアがシリアに巡航ミサイル発射も一部がイランに着弾

ロシアはかつてイラン・イラク・シリアに自国兵器を供給していました。サダム・フセインが倒れ、シリアが内戦で混乱の極致にあろうとも、武器輸出国の地位を守ろうとしているのはまさに死の商人そのままです。現在、ロシアはシリア領内に空軍を派遣し、劣勢になった政府軍を支援していますが、ヨーロッパへの難民の多くが政府軍の無差別攻撃から逃れたシリア国民であることを考えれば、国際世論と逆行する行為です。

シリア政府軍は長引く内戦で、武器弾薬を使い果たし、最近ではドラム缶に鉄片を混入した「樽爆弾」を、反政府勢力の支配地域に無差別に投下して国民を殺傷しています。ロシアが公然とシリア支援を始めてからは、ナパーム弾やクラスター爆弾が使用されるようになっており、難民の被害が拡大しています。

そのような中、7日にはカスピ海に展開中のロシアのフリゲート艦など4隻から26発の巡航ミサイルがシリアに向け発射されました。ロシアは米国の巡航ミサイルのトマホークに類似した最大射程2500Kmとされる「カリブル」を保有しており、初めて実戦での投入となりました。カスピ海からシリア領内までは、経路にイラクやイランを経由することから前述の武器供給のネットワークを生かして事前に領空通過の了解を得たものと考えられます。

「カリブル」は慣性誘導+衛星位置測定システムによる誘導方式を採用し、終末誘導はレーダー誘導によって長距離精密誘導が可能とされていましたが、米国などの情報によれば26発中4発がイラン領内に着弾したと言うことです。慣性誘導だけでも命中精度(CEP)は100m前後は確保されている筈なのに数百Kmの誤差を生じたのでは精密誘導兵器の名に値しません。政治的な思惑から、非道なアサド政権の瓦解を食い止めようと軍事介入しても、虎の子のミサイルが明後日の方向に飛んで行くようではとんだお笑い種です。

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秋が深まる

すっかり色づいた柿や早生ミカンが目に付くようになりましたが、昨日は24節気の一つである寒露でした。冷え込みによって露が宿る候と言ったところでしょうか。実際、朝晩は肌寒く感じられるようになって来ましたので、語感として素直に受け入れられました。

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9月の後半頃から就寝時にニャンコが布団の上に乗ってくるようになりましたが、昨夜はとうとう布団の中に入って来ました。日一日と冷え込みが増して一段と秋が深まって行くようです。

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第三次安倍改造内閣発足

安倍首相が内閣改造を行い、第三次安倍内閣が発足しました。事前に内閣改造が公表され、主要閣僚を留任させることが明らかにされていましたし、新入閣の顔ぶれもリークされていましたのでサプライズと呼べる人事は見られませんでした。身内、もしくは自身の政策に同調した人材で固めた、いわゆる仲良し人事で新鮮味はありません。

ベクトルが揃っていると言えば聞こえが良いのですが、イエスマンの集まりは一朝有事に弱いのが通例です。また人材の小粒感は否めず、その役職に選んだ妥当性が感じられません。かつての自民党は、各分野に精通した政策通の人材が各派閥にいて、勉強会などで政策について理解を深めていました。

今回新入閣の閣僚で、その道のオピニオンリーダーと言える人材はいるのでしょうか。安倍長期政権を睨んで非主流派を遠ざけるあまり、肝心の政策について立案・推進を期待できる人材が見あたらないのは残念です。これまで戦後レジームを見直し、アベノミクスが成果を生んだと言っていながら、アベノミクスの第二ステージとして新三本の矢を放つと言い出すなど経済運営が順調でないことを自ら認めたようなものです。

非正規労働者が増え続け、低所得者層が拡大して結婚年齢が上がり続ければ出生率の改善も望めません。牛丼大手3社が値下げ競争を再開したり、9月の新車販売ランキングで上位10車中、軽自動車が6車を占めるなど景気の好況感が感じられない状況です。大手企業だけが潤うのではなく、国民全体が豊かになる本来の経済政策が望まれます。

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行けども行けども豊かな社会への出口が見当たりません。

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ノーベル賞、連日の快挙

医学生理学賞の大村氏に続いて東大宇宙線研究所の梶田所長がノーベル物理学賞を受賞、連日の快挙となりました。受賞理由は宇宙線の1種である素粒子のニュートリノに、従来はないとされた質量があることを発見した功績によるもので、物理学の常識を覆す世紀の大発見でした。

ニュートリノの研究には神岡にあるカミオカンデ、スーパーカミオカンデの施設が使われました。スーパーカミオカンデはカミオカンデの後継機で地下1000mの地下に直径39m、高さ42mのタンクを設置し、光を電子に変える光電子増倍管を1万1200本並べた観測装置です。設備の核心となる光電子増倍管は光電子のトップメーカーである浜松ホトニクスが、先にノーベル賞を受賞している小柴氏の依頼によって一手に製造したもので、浜松ホトニクスはその名が示す通り浜松市に本社を置くこの分野の世界的な企業です。

と言うことで、またしても我が浜松市に縁のある人物が受賞、それも光電子増倍管がらみで2人目となって感慨もひとしおです。

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大村特別栄誉教授にノーベル賞

今年のノーベル医学生理学賞に北里大学の大村特別栄誉教授の受賞が決まりました。大村氏は、アフリカの寄生虫によって発症するオンコセルカ症の特効薬メクチザンの元となったエバメクチンを発見し、3億人以上の人々を失明などの病魔から守った功績が評価されたもので、日本人として23人目の受賞者となります。

発見の直接のきっかけは、静岡県伊東市にある川奈ゴルフ場近くで採取した土の中から有用な効果を持つ有機化合物を発見したことです。昨年の物理学賞受賞者の天野教授は地元浜松市の出身でしたが、今年も静岡県が受賞のエピソードに絡んでいたことを知り勝手に誇らしく感じています。

また大村氏は地元韮崎市に自身が館長を務める大村韮崎美術館を設立し、韮崎市に寄贈していますが、同美術館には浜松市出身の女流画家、秋野不矩(あきのふく)の作品を所蔵しており、その縁で2010年に秋野不矩美術館で大村韮崎美術館の所蔵品による特別展を開いていると言う縁もありました。

今日は日本人の受賞者が多い物理学賞の発表がありますが、日本人24人目となる新たな受賞者が出るのでしょうか、発表が待たれます。

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土の中から有益な微生物や有機化合物を見つけ出すのは気が遠くなるような大変な作業ですが、人類のために日夜実験を繰り返す研究者には本当に頭が下がります。

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富幕山、山野草編

花や昆虫の写真をアップするために名前を調べるのですが、これが難しいのです。元々よく似た種類があったり、地域によって色や模様が違ったり、交配種の場合があったりと千差万別です。もし間違って表示したものがありましたら、お手数ですがご一報をお願いします。

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虫に食べられてしまっていましたが、リンドウです。登山道沿いで1株だけ見ることができました。

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キンミズヒキ。ここにもハナバチが止まっていましたが、種類はちょっと・・・?です。

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こちらも咲き始め。茎全体が花を付けるのはもう少し先になりそうです。

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ワレモコウ。高原などで見られる秋の野草ですが、頂上付近の他、何ヶ所かで見かけました。

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アップで。小さな花が寄り集まっていることが判ります。

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既出ですが、マツムシソウです。そこかしこで見られるのですが、花が大きく完全な形で咲いているものは探さないと中々見つかりません。

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この花のために持参したマクロレンズにて撮影です。

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同じく。

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オミナエシ。花は開き始めたばかりです。

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こちらは白い花のオトコエシです。

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日陰で見つけたヤマホトトギス。

四季それぞれの山野草がみられる富幕山。以前は何時行ってもイノシシの掘り返しが目立ちましたが、今回はそれほど目にしませんでした。今年の山は豊作なのかな。

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秋の富幕山、昆虫編

浜松市の北西部に位置する富幕山(標高563m)は、手軽に登れる山として市民に親しまれています。頂上に至るコースはいくつかありますが、奥山方面から尾根をたどるコースは四季を通じて野草を楽しむことができます。中でも、本来は高地に咲くマツムシソウが自生しているので、初秋の時期には毎年この花を身に足を運んでいます。先日痛めた膝の痛みも和らいだので、穏やかな日和の中をハイキングして来ました。

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スタートは標高300m付近にある駐車場ですが、林道を歩き始めてすぐにアサギマダラが何匹も舞っているのに出会いました。

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夏の頃はすぐにどこかに飛んで行ってしまいますが、この時期は動きも少しにぶく、花の蜜を吸うのに夢中でカメラのいい被写体になってくれました。

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マツムシソウ。尾根の何か所かに分散して咲いていますが、一番下は登り始めて10分ほどの所で見られます。御嶽山では8月に標高1700m程の地点で見られましたが、たかだか300m程の低山でも見られるのが何とも不思議です。

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ヒョウモンチョウ。アサギマダラよりも活発に飛んでいました。

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アカタテハ?ツマグロヒョウモンかと思っていましたが、別種のようです。

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キチョウ。見かけたのはこの個体だけでした。ところで、蝶を数えるのに匹でよいのか調べてみたら正解は頭。昆虫は正式には全て1頭、2頭と数えるそうです。恥ずかしながら知りませんでした。

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花には蝶とともにハチの仲間も集まって来ます。花を撮るつもりが、ハチが止まるとハチにピントを合わせたくなります。ちょこまかと動くので、中々上手く合わせられません。

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アサギマダラは羽を閉じたり開いたり、まるで呼吸に合わせているようです。大きく開いたタイミングに中々合わせられません。

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散々写したのに、花に停まっているのを見るとつい撮ってしまいます。今日一日で百匹近く見たような気がします。

今日はたくさんの花と蝶を見られて素敵なハイキングを楽しむことができました。

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日本がサモアに圧勝

ラグビーW杯の第3戦となるサモア戦が昨夜行われ、世界ランキング12位の日本が11位のサモアを圧倒して26-5のスコアで完勝しました。かつて全く歯が立たなかった強豪に対し、一歩も引かないどころか、逆にスクラムで押し込む力強さを見せました。前半終了間際には山田が右隅に技ありのトライを決め、五郎丸がコンバージョンも決めて20-0で折り返すなど終始日本が押し気味に試合をリードしました。後半にトライを決められ26-5としましたが、格上相手に圧勝を収めました。

同日行われた南アフリカ対スコットランド戦は、南アが34-16と日本に大勝したスコットランドを寄せ付けませんでした。こうなると中三日の不利なコンディションで対戦したスコットランド戦の不可解な日程と、日本の反則ばかりを取ったアイルランド人の疑惑の判定が本当に惜しまれます。

それにしてもW杯で2勝目を上げるのに24年もかかった日本が、強豪国に対して互角以上の戦いを行うなど、この目で見るまで信じられませんでした。勝ち点の関係で予選リーグ突破は厳しい状況ですが、次戦のアメリカ戦も好試合を期待したいと思います。

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子供は誰のもの

福山雅治の結婚は、社会現象と言えるほどの驚きをもって受け取られました。芸能人の結婚に際してお堅い官房長官までもがコメントするなど、通常あり得ないことです。

その官房長官がコメントで「結婚を機に、やはりママさんたちが、一緒に子供を産みたいとか、そういう形で国家に貢献してくれればいいなと思っています。たくさん産んでください」と述べたことに関して、国家が出産を強制する発言などと非難する声が上がっていますが、考え違いだと思います。

コメントは子供が増えることで国家に貢献してくれればいいなと言っているだけで、出産しろと言っていません。言うまでもなく、子供を産む、産まないは究極の個人の価値観の問題で他人がとやかく言うことではありません。ただ、現在のように出生率が2を下回って行けば、確実に人口は減少して行きます。

産む、産まないは個人の自由ですが、過度の少子化は年金制度を破綻させます。人口が減少すれば公務員も削減され、公的サービスが低下します。人口に応じて警察官や消防署員も削減され、治安の維持や救急活動の質の低下を招きます。人口減は医師や病院の経営を圧迫し、医療サービスの低下を招きます。人口減は学校の統廃合につながり、地域から学校が遠ざかります。人口減によって消費や生産の経済活動が低下し、社会生活は活力を失います。

子供はその両親に望まれてこの世に生を受けますが、両親だけでは子供を育てることはできません。両親の愛情はもちろんですが、豊かな社会に支えられて初めて大きく育ちます。健全な社会を維持していくのには、その源となる社会を構成する人々が欠かせません。つまり、子供が生まれることによって、社会が安定し、私たちの社会が継続的に維持されていくのです。

子供は誰のもの・・・・?

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魚を焼く時は

我が家は独自のエネルギー消費をしています。風呂給湯は灯油、煮炊きはガス、暖房はガス・灯油・電気の併用と言った具合です。現代はオール電化が流行りですが、私は薪のかまどや風呂釜で育ったので、これらに関しては燃焼が伴わないものは何だか気持ちが悪い気がしてしまい受け入れることができません。

そんな訳で、煮炊き(普段の炊飯はIH炊飯器)はガスレンジを使用していますので、魚は付属のグリルを使っていました。以前は焼くたびに受皿に水を入れなければなりませんでしたが、最近のものはその必要もなく、タイマー機能があるので、便利なのですが手入れがちょっと面倒です。特にサンマのように油が多いものを焼くと後始末が大変なので、何かいいものがないかと思っていたところ、ホームセンターのチラシに魚焼き用の溝の付いたフライパンの広告が出ていたので、興味を惹かれました。キャッチコピーはサンマが3匹焼けますとあります。値段も野口さん2枚程度とお手頃なので、駄目もとで買ってみました。

早速、シャケを焼いてみましたが、上々の焼き上がりです。ガラスの蓋つきなので、蒸し焼きの効果もあるようです。気を良くして本命のサンマを焼いてみました。キャッチコピー通り3匹同時に焼くことができます。セラミックコーティングされているので、くっ付きもなく簡単に裏返すことができました。普通のフライパンだと落ちた油で、油まみれになってしまいますが、溝が掘ってあるので、油が切れます。蓋があるので、煙や臭いも気になりません。両面合わせて10分足らずでキレイに焼けました。焼き上がりは私にはちょっと水ぽい感じられたので、最後は蓋を取って水気を飛ばすようにすればもっと良くなるように思います。

今年は外国船の沖取りで、サンマ漁は不漁のようですが、今後はこの魚焼き用フライパンの出番が増えそうです。

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浜松城二の丸御殿発掘調査

浜松城は明治の廃城後、天守曲輪と本丸部分をのぞいて大半が破壊され公用地として利用されて来ましたが、藩政時代の文化財についてあまり考慮が払われなかった結果、この過程で貴重な遺構は全て失われてしまいました。現在は二の丸の北半分が元城(もとしろ)小学校、南半分が市役所、中区役所の庁舎となって今日ではその姿を偲ぶものは何も残っていません。

かつては市の中心地として発展したこの地区ですが、ドーナッツ化が進み、2年後には小学校も統廃合で廃校になることが決まっています。そうなれば、いずれ発掘調査が行われるのではないかと思っていたところ、昨日の市議会で、2017年に二の丸御殿の発掘調査が行われることが明らかになりました。

二の丸御殿は徳川二代目将軍の秀忠の生誕の地で、その後は政務を担う場所となった所です。図面などの資料が乏しい浜松城ですが、二の丸御殿については詳細な図面が残されており、将来の復元について夢が膨らみます。城郭内の御殿については熊本城や名古屋城で本丸御殿が木造工法で復元されており、浜松城もこれに続くことが期待されます。

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浜松城二の丸は本丸の東側の平坦な場所に位置し、役所としての機能を果たしていました。

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変形性膝関節症

先日の登山以来、左ひざに軽い痛みを感じるようになりました。我慢できないほどの痛みではないため、登山の影響かと様子を見ていましたが改善されないため、昨日整形外科を受診しました。

症状を話して触診してもらい、X線撮影をすることになりました。で、告げられた病名は「変形性膝関節症」の初期症状とのことです。膝の軟骨がすり減って軽い炎症を起こしている可能性があるが、腫れや水も溜まっていないので特に処置を必要とする程ではありませんね、今後は膝の周囲の筋肉を鍛えて関節を保護するようにしてくださいと言われました。

要は歳を取って関節がすり減ってしまったから、それなりの対応をしてくださいということです。加齢によって老眼が進み、腹筋が衰えて鼠径ヘルニアになりましたが、今度は膝に影響が出たようです。加齢による影響は避けて通れない問題なので、受け入れるしかありませんが、次は何が起きるのか、戦々恐々としています。

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この時点では何ともなかったのですが・・・・。

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