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2015年10月22日 (木)

秀吉の朱印状

浜松市が京都の古文書店から購入した秀吉の朱印状が報道陣に公開されました。この朱印状は1590年に秀吉が小田原城の北条氏を攻めた小田原攻めの際、浜松城に到着したことを先行する武将達に伝えたもので、3月13日に浜松城に着陣したことを裏付ける資料です。

当時、浜松は徳川家康の所領でしたが、家康自身は1586年に新たに所領となった駿河や甲州を統治するため駿府に移っており、家臣の菅沼定政が城代となっていました。この時代の浜松城は当時主流だった土塁による城でしたが、小田原城落城後に家康が江戸に移されて、新たに城主になった豊臣家重臣の堀尾吉晴によって石垣造りの城へと変貌を遂げました。

秀吉は東海道を東進しながら各地の城が未だ土塁中心の城であったことに着目したのか、新たに家臣を配した岡崎、浜松、掛川の諸城に石造りの城への改修を命じたようです。これは先日の二俣城の時にも述べましたが、家康の時代から豊臣の時代になり、その上に君臨する豊臣家の威光を臣民に知らしめるためだったと思われます。

Photo

秀吉は信長に仕える前の10代の頃、ここ浜松に今川氏の家臣であった松下氏の館(浜松市は松下屋敷、または頭陀寺城と呼称)の使用人として何年かを過ごしています。
秀吉にとって思い出の地である浜松に何らかの思い入れがあったのかも知れません。

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