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2015年11月22日 (日)

諏訪原城探訪 その2

諏訪原城に来て戸惑ったことは、案内板に記された曲輪の呼称が新旧によって違っていることです。古い方では本丸、二の丸、三の丸と言った表記ですが、最近のものでは本曲輪、二の曲輪になっています。二の曲輪は中央で仕切られており、仕切り部分で二の丸、三の丸と区分けされていたのですが、新しい表記では特に区分はされていません。このブログでは新しい表記に従っています。

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二の曲輪大手馬出の土橋を渡った二の曲輪内部です。以前は茶畑として利用されていたようで、地形が変えられてしまった可能性があるようですが、山城と思えない、広大と言える広さです。

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外堀に面した部分に幅広の土塁が残っています。

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往時は建物群があったことと思いますが、それも今は昔。彼方に山々を望み、青空に白い雲が浮かんで、一幅の絵のような情景です。

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本曲輪への虎口に続く土橋です。現在は埋め戻されているようですが、虎口からは門の礎石が発見されています。

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本曲輪、二の曲輪の間に築かれた内堀。ここも内側の傾斜が緩くなっています。沢筋を利用したようで緩やかに南に傾斜しています。少し下がった所に石積みの井戸、「カンカン井戸」が残っています。

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文献からか、古い案内板には二層の櫓が築かれていたとなっていますが、未調査なのか新しい案内板には櫓跡についての記載はありません。東側の監視のため、なにがしかの物見の類があったと考えられますので、基礎などが確認されれば是非復元して欲しいものです。

その3に続きます。

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