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2016年5月13日 (金)

ありし日の熊本城 その1

一昨日、報道陣に熊本城の内部の取材が許され、改めて惨状が明らかになりましたが、自然による破却と言った有様で、石垣や櫓が徹底的に破壊されていて復興の多難さが思い知らされました。

私は昨年の6月に3回目となる熊本城訪問を果たし、その勇壮な姿を満喫していただけに、現在の姿は残念無念の一言です。熊本城は、これまでも大地震によって大きな被害を受けて来たことが判っており、近年では福島県の白河小峰城が地震による石垣崩壊の被害からの修復作業を行なっていますので、必ず以前の雄姿を取り戻せると信じていますが、昨年撮った写真から、かつての姿を偲んでみたいと思います。

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熊本城のシンボル大天守と小天守。訪問時は曇り空でしたが、陽が射すのを待っての一枚です。

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中央に宇土櫓を入れて。熊本城の天守は明治期まで現存しましたが、残念ながら西南戦争の攻防によって消失してしまいましたが、重文の宇土櫓は焼かれずに残りました。

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重文の不開門。本丸御殿の近くにありますが、何時行っても観光客を見かけない穴場でした。

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石垣もろとも崩壊してしまった東十八間櫓。木々の間に倒壊に巻き込まれた熊本大神宮が映っています。

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同じく倒壊してしまった北十八間櫓、左後方が東十八間櫓です。二つの櫓がそびえる姿は圧巻でした。

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