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2016年6月28日 (火)

名古屋城木造天守復元に一歩前進

名古屋の河村市長が、東京オリンピックに合わせて名古屋城の天守を木造で復元する構想について工期を遅らせることに方針を転換することになりました。公募で選ばれた竹中工務店の案では、工期を圧縮するために夜間作業を行うことになっており、そのため工事費が約500億円になると見積もられていました。議会には高額な工事費や短期間での工事に反対や疑問を呈する意見がありました。

名古屋市は市民の理解を得るため、木造天守の復元について市民2万人にアンケートを実施しましたが、工事そのものについては6割が賛成でしたが、2020年の完成については2割の賛成しか得られませんでした。

この結果を受け、河村市長は木造天守復元を実現するためには2020年の完成にこだわらず、工期を遅らせて支持を集める作戦に方針を転換したものです。元々の名古屋城は関ヶ原の戦いの後、豊臣方への守りの城として1609年に築城を開始し、1612年に完成させていますから、既に石垣がある状態で復元工事を行なうのは、それほど無謀な工事とは言えません。

しかし、熊本城があのような地震による被害を受けた以上、これまで以上に耐震化に配慮することは当然です。工事費を圧縮し、十分な耐震工事をするためにも余裕のある工期を得ることには合理性があり、河村市長の判断を支持したいと思います。

Photo

参考までに天守門を復元した浜松城のケースを紹介します。木造復元する前の野面積みの浜松城天守門石垣は、家康の後に城主となった堀尾吉晴が織豊時代の技術で築いたものと考えられており、今日までその姿を残していました。

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石垣に天守門の重量がかからないように鉄筋コンクリートによる基礎が作られ、その上に天守門が築かれました。無粋と言ってしまえばそれまでですが、こうすることによってもし石垣が崩れても、建物が倒壊することは防げます。熊本城飯田丸五階櫓ではこうした工法が取られておらず、石垣が崩壊して櫓が傾いてしまいました。

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外観からは石垣の上に天守門が建てられているように見えます。名古屋城の復元天守もこうした工法が取られるのではないでしょうか。

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