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新型護衛艦は対艦ミサイルの搭載なし

中国は豊富な財政を背景に軍拡路線をひた走っており、最新鋭の052D型駆逐艦を毎年3隻も増強し続けています。052D型は超音速の長距離対艦ミサイルY-12を搭載しており、防空能力と共に対水上艦への攻撃力を強化した戦闘艦です。

このような中国海軍に対峙する各国は対抗策を迫られていますが、武力侵攻を公言されている台湾は強力なコルベット(哨戒艦)で対抗しようとしています。このコルベットは満載排水量600トンほどの小型の艦船ですがステルス性を備え、雄風2型、3型の対艦ミサイルをそれぞれ8基搭載し、最大速力38ノットの速力を持っています。台湾は今後このコルベットを合計12隻建造するということで、中国艦船の接近を阻止する強力な抑止力に位置づけています。

一方、我が国ですが、沿岸海域を守る小型の護衛艦を更新するためDEXと呼ばれる3000トンクラスの新しいスタイルの高速護衛艦を22隻建造する計画を建てています。DEXは対艦ミサイルの搭載を見送るなど装備を限定することにより、従来600億円程かかっていた建造コストを300億円台に抑えて年間2隻のペースで建造したいとしています。速力は40ノットと台湾のコルベットよりも大型であるにもかかわらず、さらに高速となっており現場海域に急行することが可能となっています。

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護衛艦「やまぎり」に搭載されたハープーン対艦ミサイル発射機。6発を装備しています。

ところで、現在各国海軍が装備している艦対艦ミサイルですが、これまで実戦ではそれほど多く使用されていません。艦対艦ミサイルが初めて実戦に使用されたのは1967年のエイラート事件です。シナイ半島のポートサイド沖でエジプト軍のミサイル艇が発射したP-15ミサイルがイスラエルの駆逐艦エイラートを撃沈し、世界に衝撃に与えました。

その後1973年に艦船同士が対艦ミサイルを撃ち合ったラタキア沖海戦が起きましたが、1982年のフォークランド紛争では航空機による対艦ミサイルの発射はありましたが、艦船からの発射はありませんでした。

DEXが対艦ミサイルの非搭載を計画しているのはこうしたあまり実戦に使われていないことを考慮したものと思われますが、主な作戦海域が沿岸海域で敵艦と海戦になる可能性が少ないこともあるのではないかと思います。下図は対艦ミサイルを搭載可能なF-2戦闘機とP-3C哨戒機の配備基地とカバーする海域(公表されていませんので想像したものです)を記したものですが、DEXの守備範囲は概ね赤丸の範囲になると思われます。

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赤丸はP-3Cの配備基地から500kmの範囲で、P-3Cは最大8発の対艦ミサイルを搭載可能で、2015年3月時点で69機が配備されており、今後はより高速のP-1哨戒機に更新されることになっています。緑の丸はF-2戦闘機の配備基地から1000Kmの範囲で、F-2は最大で4発の対艦ミサイルを搭載して4000Kmを飛行することが可能です。

こうした航空機のカバーがありますので、もし、DEXが攻撃されるようなことがあれば、直ちに大量の対艦ミサイルの返礼を受けることになります。よほどのことがない限り、うかつに手出しはできない筈です。

対艦ミサイルのない護衛艦では頼りない印象を受けるかもしれませんが、領海周辺は強力な航空力でカバーされており、台湾の新型コルベットのような武装は必ずしも必要でないことが判ります。

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またも鳥インフルが発生

青森県の食用アヒル農場と新潟県の養鶏場で、高病原性の鳥インフルエンザウィルスが検出されました。今月に入り


各地で野鳥から鳥インフルウィルスが検出されていましたが、飼育施設で発生が確認されたのは2年ぶりのことです。発生が確認された施設では県の関係者や自衛隊が出動して殺処分を行なっていますが、関係者の心情を思うといつ見ても胸が塞がれる光景です。

ウィルスの根絶は無理なのでしょうが、大量死を食い止める何らかの予防策がないかといつも思います。

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鼻血が出た

生まれついて慢性副鼻腔炎を患っており、幼少時から良く鼻血を出していました。18歳位からは特にひどく、寝ている間に出血しては血だらけになってしまうことさえありましたが、30歳になる頃からあまり出血しなくなり、以後20年ほどは全く鼻血が出ることはありませんでした。

ところが昨日、就寝中に突然息苦しさを感じ、鼻に手を当てると鼻血が出ていました。特に思い当たるようなことはなかったのですが、急に気温が下がったので鼻の粘膜が乾燥してしまったのかも知れません。幸い、程無く出血は止まり、大事には至りませんでしたが、久方ぶりの鼻血に少々驚いてしまいました。加齢が進み、老いが進んだことを実感せざるを得ないことが増えて来ましたが、まさかの鼻血に苦笑することしきりです。

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中国軍機6機が宮古海峡を通過

中国軍機の宮古海峡通過も珍しいことではなくなりつつありますが、昨日25日には太平洋側を迂回して来たH-6爆撃機2機、Tu-154情報収集機1機、Y-8情報収集機1機の編隊と東シナ海方面から飛来したSu-30戦闘機2機が海峡上ですれ違う宮古島東方の太平洋上で合流し、宮古海峡を通過すると言う、これまでにない飛行パターンで通過をしました。自衛隊は那覇基地のF-15J戦闘機をスクランブル発進させて対応しましたが、防衛省が発表したSu-30の写真が大変に不鮮明でした。

防衛省は他国の艦船や航空機が接近した際に、事実と位置関係、そして相手方の写真を公表しています。発表される写真はこちらの探知能力を秘匿するためか、鮮明でない場合もありますが、それにしても今回はちょっと度を越していました。

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防衛省が発表したSu-30戦闘機の写真。

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同じくY-8情報収集機。

クリックすると画像が拡大しますので、Su-30の不鮮明さが際立つと思います。何故、こんな写真を公表したのでしょうか?理由はいくつか考えられます。

①上手く写真が撮れず、仕方なくなんとか写せたものを公表した。

②Su-30に想定外の兵器が搭載されていたので、鮮明な写真を控えた。

③Su-30が自衛隊機に近距離接近など危険な行為をしたので、証拠として撮影したが切り札として温存するため、あえて不鮮明な写真を出した。

ちょっと気になるのが、写真の背景で、Su-30の写真だけが背景が白い雲となっています。防衛省は発生日は公表しますが、通常詳細な時間までは明らかにしていません。このため、Su-30の写真だけが海峡上ではない可能性があります。そのことも含めて、特に秘匿する理由はないのにと思いますが、とにかく不自然です。

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晩秋から一気に厳冬

穏やかに秋が深まりを増していましたが、いきなり冬モードに突入してびっくりです。関東地方では11月としては54年ぶりの初雪が降り、観測史上初の積雪も観測されました。温暖な静岡県でも東部を中心に積雪となり、凍える一日となりました。

一夜明けて今朝は今シーズン一番の冷え込みで、浜松の中心部でも7℃前後と10℃を大きく下回りました。これで紅葉も一気に進むと思いますが、あっと言う間に冬に突入です。今年は暑い間が長かったと思ったら、いきなり寒い季節の到来で、季節感がおかしくなってしまいます。

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観測ロケットで衛星打ち上げ

JAXAは22日、観測ロケットSS-520を使って本年度中に鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所から超小型衛星TRICOM1打ち上げると発表しました。SS-520は全長9.65m、直径52cm、重量2.6トンの2段式固体燃料ロケットで3段目を追加すれば地球を回る軌道に4Kgの衛星を打ち上げる能力があるとされていましたが、これまで衛星の打ち上げの実績はありませんでした。

JAXAが観測ロケットを使って超小型衛星を打ち上げる構想を持っていることは、今年5月27日に開催された文部科学省の宇宙開発利用部会、調査・安全小委員会での報告で明らかになっていましたが、打ち上げの時期については公表されていませんでした。構想では2段式固体燃料ロケットのSS-520に3段目を加え、東大が開発した超小型衛星TRICOM1を打ち上げるというものです。TRICOM1は縦横約10センチ、高さ約35センチの直方体で重さ約3キロで、地上から送られる電波を受信する機能のほか、地表撮影用のカメラを備えています。

世界的な傾向として衛星の小型化が進んでおり、衛星の製作費と共に打ち上げ費用が低く抑えられるメリットがあります。JAXAでも主力のH-IIAの打ち上げ費用の削減を進めていますが、より打ち上げ費用の安い小型のイプシロンロケットでも打ち上げ費用は30億円程度とされています。これに対してSS-520の打ち上げ費用は2~3億円と言われており、大幅なコストダウンが可能となります。

超小型衛星は大きさの制約があり、その分、機能の制約がありますが、必要とする機能を絞り込めば十分実用になる性能を備えています。企業や研究機関が自前の衛星を運用するのには、費用の問題がネックとなっていましたが、超小型衛星はこのハードルを下げる役割が期待されます。1970年、ラムダロケット4S 5号機によって日本初の人工衛星「おおすみ」が打ち上げられたのが同じ内之浦空間観測所です。「おおすみ」の打ち上げに心躍らせた者としてTRICOM1の打ち上げ成功を願って止みません。

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SS-520ロケット JAXA資料より

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トランプ氏はやはりトランプか?

今朝の強い地震、津波警報が発令され各テレビが定時番組を変更して現地の様子を長時間伝えましたが、今のところ大きな被害はなかったようで何よりです。

ところで、世界中に激震を起こしたトランプ氏の米国大統領選の勝利ですが、当選直後から発言がトーンダウンし、案外良識が働くのではとの声が上がっていましたが、どうやらそう見るのは早計のようです。

報道によれば、移民から身を立て、アメリカ建国の父の1人に数え上げられるまでなったアレクサンダー・ハミルトンの生涯を描き今年のトニー賞最多11部門を受賞したミュージカル「ハミルトン」を観劇した次期副大統領のペンス氏に対し、キャストのアフリカ系俳優ディクソン氏がカーテンコールのステージからペンス氏に「サー」と敬称を付け、来場を感謝しながら語りかけたことに対し、トランプ氏が激怒して謝罪を要求したと言うものです。ディクソン氏の発言要旨は以下の通りです。

「私たちは多様なアメリカ人です。新政権が私たちを、私たちの地球を、子どもたちを、親たちを守ってくれないのではないか、譲ることのできない権利を守ってくれないのではないかと恐れ、不安を募らせています」「私たちは、この作品を見たことで、あなたがアメリカの価値観を守り、私たち全員のために仕事していただくことを願います。この作品は、男性、女性、異なる人種、信条、そして出自の人々によって語られてきたアメリカの物語です」

ペンス氏が劇場に入った時、客席からは少数の拍手と同時にブーイングが起きたとのことですが、ディクソン氏はカーテンコールの際、ブーイングをしないよう観客に呼び掛けたとのことです。

トランプ氏は当選を受けての演説で、国民に向けて融合を呼びかけましたが、ディクソン氏の呼びかけは多様な価値観を持った多民族で構成される米国の価値観を維持するように求めたもので、正に融合を訴えたものです。また、当のペンス氏からはこの件に関し、ディクソン氏に対しての非難の動きはありません。にも拘らず一方的にディクソン氏に謝罪を要求するのは実におかしな話です。

カーテンコールの際、ペンス氏は席を立っていましたが、通路で立ち止まってディクソン氏の語りかけに聞き入っていたと言うことですが、ペンス氏の方がはるかに大統領にふさわしい振る舞いではないでしょうか。

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韓国大統領が窮地

韓国の朴槿恵大統領が、40年来の友人とされる崔 順実容疑者に国家の重要機密を違法に渡していたとされる問題で窮地に陥っています。朴大統領の退陣を求める大規模なデモが毎週末毎に開かれ、与党からも退陣を求める動きが出ているとも言われています。

韓国では大統領の任期が終盤にかかるとレームダック化し、急速に支持率が失われ、次の大統領が高い支持率で熱狂的に受け入れられるといったことが毎回繰り返されています。朴大統領も朴正煕元大統領の娘として熱狂的に支持されて大統領の座に就きましたが、まだ任期を1年以上残して国民の支持を失ってしまいました。

韓国では大統領を退くと悲惨な末路が待ち受けており、李明博前大統領は在任中に実兄が斡旋収賄容疑で逮捕され、廬武鉉元大統領は収賄容疑の聴取を受けた後に自殺、金大中元大統領は在任中に3人の息子が斡旋収賄に問われ、金泳三元大統領も経済危機からIMFの指導を余儀なくされ、国民の反感を買い支持を失いました。盧泰愚・全斗煥両氏は軍事クーデターや光州事件への関与によって逮捕投獄されましたが、全斗煥氏には死刑が言い渡されています。

このように韓国大統領は絶大な権限があるが故に、不正を犯す余地が恒常的に存在することが一番の問題ではないかと思うのですが、何故か根本的な是正がなされないまま大統領のみを糾弾する行為は理解不能です。

現在韓国は北朝鮮と休戦中の立場であり、隣国北朝鮮は弾道ミサイル発射と核実験を繰り返し行なっています。このような安全保障がデリケートな時期に、全軍の最高指揮官である大統領が不在になることが国民にとってどれだけ不利益になるかを冷静に考えれば、現在の状況はあり得ないと思うのですが、そこが韓国が韓国たる所以かも知れません。

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浜松城が様変わり

今年は週末が雨になることが多く、浜松城を訪れる機会がありませんでした。先日から浜松城がらみの資料を調べていたので、紅葉が進んだであろう浜松城に行って来ました。

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市役所駐車場から見た天守門と天守。雨上がりの青空がとてもきれいでしたが、手前の木々の葉は既に散ってしまっていました。

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現在の天守は、戦後に石垣の2/3の面積に鉄筋コンクリートで建てられたもので、サイズダウンされています。本来の天守は3層4階建ての巨大な建築物だったと手前にある説明版に書かれています。恐らく、浜松から松江に転封になった堀尾吉晴が築いた松江城に似た外観だったと考えるのが自然ではないでしょうか。

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天守門の外から富士見櫓跡方面を見て驚きました。これまで本丸に鬱蒼と茂っていた樹木がほとんど伐採されて見通しが利くようになっていました。実は以前にも伐採が行なわれたのですが、一部に留まって、あまり眺望は改善されず、これまでこの位置から富士見櫓跡の石垣を見ることはできませんでした。

富士見櫓はその名の通り、富士山を望むことができる櫓ですが、浜松市が行なった発掘調査では玉砂利が見つかっており、茶室としての機能も持っていたと考えられ、近い将来復元されることが決まっています。

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富士見櫓跡から見た天守方面。今までこの位置から見ることができなかった天守が良く見えています。

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天守曲輪西側の樹木も伐採されていて、これまであまり良く見えなかった屏風折の石垣が良く見えるようになっていました。

これまで浜松市は浜松城の保全についてあまり力を入れていませんでした。このため、歴史上重要な城であったにも関わらず、浜松城は国の史跡に指定されていません。浜松城は江戸幕府を開いた徳川家康が遠江に進出を果たし、天下取りの礎を築いた歴史的に重要な場所です。今日に残る城跡は家康の築いたままではなく、秀吉の命によって堀尾吉晴が石垣の城に改修したものですが豊織期の特徴を良く伝えている貴重なものです。家康が初めて築城した城であり、もっと全国にアピールする必要があるように思われます。

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家康以前の浜松は

来年の大河ドラマは当地浜松を舞台にした「女城主直虎」ですが、現在の「真田丸」に続いてこの地を治めた徳川家康が登場します。家康は今川義元の人質、そして家臣となっていましたが、桶狭間の戦いで義元が討たれると今川氏の支配から独立し、遠江へと進出して浜松城を築きました。そして浜松城を本拠地として今川、武田勢と戦い天下人へと勢力を拡大したのです。

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浜松城天守。今に残る石垣は、家康が江戸に移った後に入った豊臣の武将、堀尾吉晴が築いたものと考えられています。

直虎が城主を務めた井伊谷城の東にあった、三岳城を探訪したのをきっかけに、家康統治以前の浜松について調べてみました。

家康が浜松に進出した当時は今川氏の勢力が衰退し、武田氏が南下の機会を虎視眈々窺っていました。当時曳馬城は今川配下の飯尾連竜が守っていましたが、氏真に謀反の疑いをかけられ謀殺されてしまいました。それ以前はこの地を荘園とした東三河の吉良氏が支配し、今川氏に攻略されるまでは吉良家家臣の大河内貞綱が曳馬城を守っていたようです。

更にややこしいことに、統治上は遠江国の守護は斯波(しば)氏であり、斯波氏は台頭してきた今川氏と激しく対立しますが、今川氏は吉良氏の分家にあたる一族ですから、まさに麻のごとく乱れた状態だった訳です。直虎の井伊一族はこの過程で今川勢に敗れ、家臣となって苦難の道をたどることになりました。

遠江国の守護も斯波氏から今川に移ったりと混乱を極めましたが、1517年に曳馬城に籠った貞綱が今川氏親に討たれ、斯波義達は捕えられて出家させられました。これで家臣は義達を見限り、斯波氏は没落して名実ともに今川の治世となりました。没落した斯波氏の後を継いだの家臣だった織田氏です。織田氏は義達の遠江侵攻にはメリットがないとして反対しましたので、義達は十分な兵力を動員することができませんでした。結局わずかな手勢だけで遠征することを良余儀なくされ、最終的に今川に敗北したのです。

つまり、後に天下を取った信長が大大名になることができたのは、曳馬城で義達が負けたからであり、家康が天下を取る緒についたのも曳馬城を落とし、ここに浜松城を築いたからで、曳馬城が日本史におけるとても重要な場所だったことが判りました。

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一日遅れのスーパームーン

14日は68年ぶりに月が地球に最接近すると言うスーパームーンでしたが、生憎の雨で見ることはできませんでした。昨夜は晴れの予報でしたので、期待して東の空を見ましたが、薄雲が掛かってぼんやりとした姿しか見ることができませんでした。

あきらめきれずに寝る前にもう一度外に出てみると、見えました。雲も消えて天空に煌々と輝く十六夜の月。いつもと何も変わらないのですが、何故か神々しく見えるのは不思議です。

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今朝、ワンコの散歩に出たら、西の空に入り残った月が浮かんでいました。昨夜は比べる物がなかったので判りませんでしたが、地上近くにあると随分と大きく見えます。漫画などでは誇張されて大きく描かれることが良くありますが、今朝の月は本当に大きく見えました。

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紅葉の岩古谷山へ

各地から紅葉の見ごろの便りが聞かれるようになりました。今年は気温の高い日が続きましたので、紅葉の見ごろがどうなるのか心配されましたが、どうやら標高1000m付近が見頃を迎えているようです。樹木の種類や陽当たりによっても紅葉の時期は微妙に違って来ますので、思わぬ所で見事な紅葉に出会うことも紅葉狩りの楽しみのひとつです。

日曜日に友人たちと岩古谷山(799m)に行って来ました。岩古谷山は愛知県設楽郡設楽町の東にある岩山で、ルート上には鉄のハシゴや鎖場もありますが、比較的簡単に上ることができるので初心者にも人気の山です。

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堤石峠から見た平山明神山方面。かなり紅葉が進んでいます。

和市の登山口から十三曲がりと呼ばれるつづら折りの登山道を登ると堤石峠に出ます。ここから左手に取れば平山明神山、右手に進めば岩古谷山ですが、この日はお年寄りの団体が先行しているので大渋滞でした。

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植林の常緑樹に混じっているので、ひと際目を引きます。やはり太陽があるのと無いのでは雲泥の差です。

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黄葉と紅葉の競演ですが、少し時期が早いようです。

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歩きながらの撮影なので、常にベストポジションが得られる訳ではありませんが、オッと感じたものを撮ってしまいます。

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燃えるような紅葉にやっと出会えました。構図は少々難ありですが、この位置からが一番きれいに見えました。

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頂上から見た鹿島山(912m)と大鈴山(1012m)。標高が高い分、紅葉も進んでいるようです。

頂上からは堤石トンネルへのコースで下山、登り以上に変化に富んだルートで楽しめましたが、陽当たりの関係からか、紅葉はイマイチでした。

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高井研一郎氏が急逝

ビッグコミック誌に「総務部総務課山口六平太」を執筆中の漫画家高井研一郎氏が、本日午前11時59分、東京都調布市の病院で肺炎のため逝去されました。享年79歳でした。高井氏は手塚治氏や故赤塚不二夫のアシスタントを務めるなどの下積みを経て、1986年ビッグコミックにて「総務部総務課山口六平太」を連載し、現在まで連載が続く大ヒット作であり、代表作となりました。
主人公の山口六平太は凡庸とした風貌とは裏腹に、社長や大株主からも一目置かれる独特の存在感を持ったキャラクターで描かれ、最近は見られなくなってしまいましたが、火のついたタバコを舌に乗せて口の中から出して相手の度肝を抜くシーンが有名でした。

故赤塚不二夫氏は大変多忙であったことから多数のアシスタントを使っていましたが、その多くが後に頭角を現し、実力漫画家育成の場でもありました。ちなみに当時のスタッフとしてはアイデアマン・作画担当として赤塚氏の分身として活躍した長谷邦夫氏(79)、ダメオヤジ・BARレモンハートの古谷三敏氏(80)、釣りバカ日誌の北見けんいち氏(75)、トイレット博士のとりいかずよし氏(69)、つる姫じゃ~っのつちだよしこ氏(68)などそうそうたるメンバーが集まっていました。

高井氏は最近まで元気に執筆を続け、10日発売のビッグコミックにも「総務部総務課山口六平太」が掲載されていましたが、今号に掲載された第731話「ヒゲ談義」が最終作となるようです。昭和の時代が育てた多くの大物たちが人生の黄昏時を迎えていますが、高井氏が、まさかの最終回を迎えるとは思いもよりませんでした。謹んでご冥福をお祈りします。

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高齢者が運転の死亡事故相次ぐ

本日午前7時40分頃、信号のある交差点の横断歩道を自転車で横断していた61歳の女性を、82歳の男性が運転する乗用車が左折する際にはねる事故があり、女性は転倒して頭部を強打し、死亡しました。

最近高齢者が運転する車が起こす死亡事故が目立ちます。先月28日午前8時頃、横浜市で、集団登校中の小学生の列に87歳の男性が運転する乗用車が突っ込み、6歳の少額年生の男児が死亡しましたが、運転手の男性は死亡時の状況を説明できない状況で、認知症の疑いが持たれています。この事故をきっかけに、高齢者の運転についての安全性に注目が集まっていましたが、その後も高齢者の運転による死亡事故が相次いでいます。

10日午後2時15分頃には栃木県下野市の自治医大附属病院の玄関ロータリー付近で、駐車場から出て来た84歳の男性が運転する乗用車が暴走して男女3名を次々とはね、ベンチで家族の迎えを待っていた89歳の女性が死亡しました。

12日午後3時頃には立川市の立川市民病院で、駐車場から発進した83歳の女性が運転する乗用車が暴走し、30代の男女をはねて二人とも死亡する事故が起きています。

10日と12日の事故はブレーキとアクセルを踏み間違えた事故と思われ同種の事故はこれまで各地で発生しており、11日にも東京都板橋区のコンビニに80代の男性が運転する乗用車が突っ込み、男女2名が軽傷を負う事故が起きています。

現在、高齢者のドライバーについては認知症による事故防止策として、75歳以上を対象に認知症のテストを実施していますが、どうも実効が乏しいようです。衝突防止の効果が高いと評判のスバル車の自動ブレーキの効果の調査では、自動ブレーキ搭載車ではなんと75%も事故が減ったそうです。事故原因は様々で、自動ブレーキが万能ではないのですが、最近起きた高齢者の事故でも横浜の事故と10日、11日、12日のケースでは自動ブレーキがあれば防げたのではないかと思えます。

高齢者の運転については日常生活での自立性の問題がありますが、やはり年齢による誤認識や誤動作が増えて来るのは間違いありません。一定年齢で、運転は自動ブレーキ搭載車に限定する規制が必要ないかとでは考えます。

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トランプ当選の余波続く

米大統領選は大方の予想を覆してトランプ候補が選挙人の過半数を獲得し、次期大統領に当選しました。この結果に日本はおろか、現地のマスコミまでもが予想を誤ったと衝撃を隠せません。日本の情報番組も、この話題を大きく取り上げていますが、果たして本当に予想外の出来事だったのでしょうか。8日のこの欄でも書きましたが、私は事前にある程度予想をしていました。

事前の支持率を見ればクリントン氏が数ポイントリードしていました。事実、両者に投票した有権者数で見ればクリントン氏がトランプ氏を上回っており、支持率通りの結果となっています。米国の大統領選出選挙は独特のルールで、候補者本人ではなく選挙人を獲得する選挙となっていますが、その州で過半数を制した陣営がその州の全ての選挙人を獲得する方式です。ですから、全体でいかに得票数が多くても、それぞれの州で負けてしまえば全ての票は死に票となってしまいます。

支持率が大きく離れていれば、このようなことは起こりませんでしたが、今回のように支持率が拮抗した場合にはしばしばこのような事態に陥ります。全ては選挙制度によるものなので仕方がないのですが、今回は両陣営が相手を罵る場面が多かっただけに支持者にも遺恨が残ってしまったようです。一部の支持者は選挙結果の受け入れを拒否し、デモを続けています。トランプ氏は勝利後の演説で両陣営の和解を呼びかけましたが、クリントン氏やオバマ大統領を口を極めてこき下ろしたのは当のトランプ氏です。

彼にはこの混乱を引き起こした張本人として鎮める責任があります。また、この先政権の運営を誤れば彼を信じて投票した支持者たちの失望を買うことになり新たな混乱を生むことになります。過激な発言で大統領の座を射止めた訳ですが、その代償はかなり高いものになるのではないでしょうか。

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民間開発ロケットが宇宙へ

ロケット開発ベンチャー企業のインターステラテクノロジズは、これまで北海道の地で独自にロケット開発を進めて来ましたが、いよいよ2017年1月に宇宙空間に到達するロケット「モモ」の打ち上げを目指しているようです。

我が国のロケット開発は糸川博士を中心とする東京大学宇宙航空研究所と宇宙開発事業団(現JAXA(宇宙航空研究開発機構))の公的機関が中心となって推進されて来ましたが、今回初めて民間主導で開発されたロケットが宇宙を目指すことになる訳です。米国では既に民間企業のスペースX社がファルコン9ロケットを開発し、国際宇宙ステーションへ物資輸送するドラゴン輸送船を打ち上げています。

ファルコン9ロケットと比べればインターステラテクノロジズの「モモ」は全長9.9メートル、直径0.5メートルでエタノールを燃料に使う比較にならない位に小規模な機体ですが、NASAから300億円の開発費の支援を受けたスペースX社と違い、飽くまでも独自の資金のみで開発したロケットです。

宇宙高度への打ち上げに成功すれば、次のステップとして2019年頃に20Kg未満の超小型衛星の打ち上げを目指すことになります。1月と言えば北海道は厳冬期で、天候が心配ですが、何とか成功を収めて欲しいものです。

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東福寺通天橋での撮影を禁止

東福寺は京都屈指の紅葉の名所の一つですが、多くの観光客で混雑することでも有名です。ピーク時には一日に3万5000人が訪れるそうですからその人気ぶりが判ると思います。私も紅葉の時期に訪ねたことがありますが、帰る際には押し寄せる観光客を縫うようにして歩かなければならない始末で、その人気ぶりを実感したことがあります。

その東福寺が混雑による事故防止のため、今月13日から30日までの間通天橋上での写真撮影を禁止することにしたそうです。対象区間は境内の法堂(本堂)と開山堂を結ぶ通天橋の約20メートルと、西側の臥雲(がうん)橋の約10メートルの、ともに橋上区間となります。

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通天橋上から撮った臥雲橋。

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臥雲橋上から撮った通天橋。

どちらも素晴らしい撮影ポイントで、人気があるのも当然です。誰しもが写真を撮りたくなる場所なので、期間限定とは言え撮影禁止は大変残念ですが、管理者がそうと決めた以上はルールを守って撮影して欲しいと思います。

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家康は城攻め名人だった

大河ドラマ真田丸も大詰めを迎えていますが、歴史は冷徹で大坂の陣は徳川が勝利し、大坂城は炎上して豊臣家は滅亡してしまいます。家康と言えば、「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」で待ちの姿勢のイメージがありますが、冬の陣では真田丸に立てこもって奮戦する豊臣方をあざ笑うかのように、守りが固いとされた北側の淀川の中州、備前島から多数の大砲を打ち込む荒業で講和に持ち込み、堅固な堀を埋めてしまいました。

実は家康は多くの城攻めを経験した城攻め名人だったのです。家康の初陣は今川義元の人質だった16歳での寺部攻め参戦です。この時は寺部城は落としていませんが、その城下を焼き払い義元から武勲に対する褒賞を得ています。

実際に城を攻めたのは今川氏の支配を脱し、名実ともに岡崎城の城主となってからで、1565年(23歳)に今川方だった三河の田原城、吉田城を攻めて落城させています。こうして三河での足元を固めた家康は1568年(26歳)に、その後も今川氏が支配を続けた遠江に侵攻、頭陀寺城・二俣城・曳馬城を攻略して遠江支配の第一歩を築くことに成功します。

翌1569年、浜名湖北部の堀川城に反旗を翻して立てこもった将兵・農民約1700名を攻め、1日の戦で1000名を討ち取り、生き残った700名を全員打ち首にして曝すると言う大変凄惨な仕打ちをしています。これを反省したのか、その年に開城させた掛川城攻めでは今川家最後の当主であった氏真と城主の朝比奈 泰朝の小田原城への退去を認めています。

その後も長篠城・二俣城・諏訪原城・小山城・高天神城・田中城の諸城を攻略し、三河・遠江・駿河の三国の支配を達成しました。こうした幾多の城攻めの経験から城攻めの名手と目され、小田原征伐では前哨戦となった中山城攻めでも中心的な役割を任されています。

こうして多くの城攻めを経験した家康にとって、最後に残った大坂城攻めはこれまでの集大成として万全を期して策を練りに練ったことは容易に想像できます。更に関ケ原の戦いの前哨戦となった西軍による大津城攻めから大筒の有効性を読み取り、大坂城攻めに活用したのではないかと推測します。

無謀にも信玄に挑んだ結果、完膚なきまで叩きのめされ、生命の危機に陥った三方原の戦い以降、家康はいかに相手に対して無理をせずに優位に戦うかを考え、実行して大大名に成り上がりました。信長の死後、秀吉との確執でも無理はせず、秀吉の死去を待って天下人となったのは、若き日の苦い経験が根底にあったのではないかと思います。

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家康が築き、天下人への基礎を作った浜松城。現在残る石垣は、2代目城主となった秀吉配下の武将堀尾吉晴が築いたものです。

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米大統領選投票始まる、ガラスの天井は砕けるか

米大統領選の選挙活動は最終版まで両候補の支持率が拮抗し、最終的にクリントン氏が数パーセントリードしたものと見られていますが、事前の不在者投票の比率が前回よりも高いことや、1票でも相手を上回れば、その州の選挙人を総取りできる独特の選挙制度での得票数となりますので、僅差のリードでは勝利確実とは言えません。ある調査によれば現時点でクリントン氏が勝利する確率は65%だとされています。

これを65%も、と見るか、65%しかと見るかで受け止め方は相当違って来ますが、私は65%しかないと感じました。

軍事力の行使による他国領土の編入や、シリアでの難民に対する無差別爆撃を行なっているロシア政府を容認したり、イスラム教徒や移民への差別発言を見れば、トランプ氏は本選の候補者として相応しいとは思えません。

また、自身が破れるようなことがあれば、それは不正選挙が行われた結果だとして、選挙結果を受け入れないとしています。この発言に対してはオバマ大統領も「試合終了にもなっていないうちから泣き言を言い始めるなんて、大統領に求める指導力や粘り強さとは程遠い」、「物事が自分にとって悪い方向に向かうたびに、他人のせいにし始めるなら、この仕事をやる資格がないってことだ」と批判しています。

果たしてクリントン氏が勝利してガラスの天井が砕け散るのか、結果は日本時間の9日午後に判明する見込みです。

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インドがUS-2救難飛行艇12機の輸入を決定へ

航空機の開発において欧米に大きく遅れを取っている我が国ですが、唯一世界最高水準の航空機を持っています。それは新明和工業が開発したUS-2救難飛行艇で、波高3mの中でも離着水できる機体はUS-2だけです。

US-2はこれまで多くの海難事故に投入されていますが、有名なのはヨットで太平洋横断中に遭難したキャスターの辛坊治郎氏の救助です。突然ヨットが破損して浸水し、救難ボートで漂流した辛坊氏と盲目のヨットマンの岩本氏を厚木基地のUS-2が金華山沖1200Kmの洋上で救助したものですが、この時波高は3~4mと荒天下での救助となりUS-2だからこそ成し得たミッションでした。

こうした唯一無二の性能は広大な海洋を抱えるインドやインドネシアの注目を浴びることとなり、これまで幾度となく輸出話が伝えられていますが、今回インドへの12機の輸出が正式にまとまることになったようです。正式には7日に開くインド国防省の装備品の調達に関する会議で正式決定されます。ただし、インドは輸入に関しては過去にフランスのラファール戦闘機の輸入話を正式決定後にご破算にした前科がありますので、最後まで油断は禁物です。

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各務原航空宇宙博物館に展示されているUS-1A飛行艇。US-2はUS-1の後継機です。

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三岳城の大手門は?

先週三岳城に行って遺構を見て来ましたが、その際に撮影した現地案内板の中身について疑問が沸いてきました。現在の登城口は林道を辿った御嶽神社にあり、山道を登ると一の城に通じる桝形虎口に着きますが、その間ほとんど防御ラインが見当たりません。また、御嶽神社一帯にあったとされる三の城には城内唯一の水場がある重要地点ですが、そこから登城するのであれば、真っ先に生命線である水場を敵に押さえられることになってしまいます。

二の城に設置された案内板に三岳城全体の見取り図がありますが、きれいに撮影できなかったので、エクセルで概念図を再現してみました。

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この図を見ても三の城を落としてしまえば、城内の水を絶てるので簡単に三岳城を落とすことが可能だったことが見て取れます。実際に一の城に登ってみても、本曲輪西側に多くの防御ラインが見られました。

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崩れた石垣跡。門が設けられていたのかも知れません。

これに対して御嶽神社から本曲輪の間にはさほどの防御ラインの跡は見られません。年月によって地形が変わってしまっている可能性がありますから、現在の姿から直ちに当時もそうだったとは結論付けられませんが、どうにも脆弱な印象をぬぐえません。

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現在の御嶽神社の参道ですが、仮にこれが大手道だったとすれば、とても急傾斜で物資の運搬に苦労しただろうと思われます。御嶽神社は三岳城が使われなくなってから建立されたと考えられますので、城があった当時にこの石畳はなかったと考えた方が良いのかも知れません。

これに対して一の城西側は石積みや土塁、腰曲輪が今も明瞭な形で残っています。西曲輪の先には兎荷(とつか)や花平の集落への緩やかな尾根が伸びており、小荷駄の運搬に利用できたものと考えられます。逆に言えば、歩き易いが故に、攻め手を引き付けることになってしまい、防御ラインを幾重にもする必要があったと考えられます。

こう考えると、二の城、三の城は敵の攻撃を正面に受けるのではなく、後方の役割として兵糧や武器庫として使われた可能性も考えられます。特に三の城については城の最奥でなければならず、敵の進入路に面していることはあり得ません。

地形図を見ても三岳山南面はかなりの急斜面となっており、空堀などを構築して防御を固めていれば山中から大勢の軍勢で攻め寄せるのはかなり困難で、重要な水場があったことも頷けます。やはり大手道は西曲輪にあったと考えるのが自然ではないでしょうか。

西側大手門説は私の勝手な印象論ですが、次回訪問時には西曲輪周辺をじっくり調査してみたいと思います。

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トランプは御免

米国大統領選挙が最終版を迎え、情勢が混とんとしています。トランプ氏の女性蔑視発言によって一時はクリントン氏が支持率でリードしていましたが、先月末になって突然FBIがクリントン氏のメール問題の再捜査を公表したことで、俄然トランプ氏が勢いづいている模様です。世論調査の結果は混乱し、トランプ氏が逆転したとするものや相変わらずクリントン氏がリードを保っているものなど様々です。

最終的には米国国民が選ぶことですが、米国大統領は世界最強の米軍の最高司令官となりますので、極端に偏った外交方針を取ろうとするトランプ氏が当選した場合は、世界中に混乱が起きることが懸念されます。

トランプ氏はロシアのクリミア併合を容認するなど、西側陣営の価値観を無視し、海外に駐留する米軍を削減させるなど第一次大戦後のように自国優先の内向的な外交方針を目指しています。こうした考え方は力による外交を推し進めている中・露を勇気付けることになり、それによる新たな外交問題が噴出することが心配されます。

わが国ついても対中国問題などで大きな影響が出ることになるだけに、8日の選挙結果が注目されます。

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三沢基地に駐留している電子戦機EA-18G グラウラー

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冷凍ミンチカツでO157に感染

冷凍ミンチカツを食べた人がO157に感染する食中毒が起きました。冷凍ミンチカツは工場で作られたミンチカツを消費者が自宅で揚げるスタイルで、170℃で6分揚げるようパッケージに表記されていました。O157は熱に弱く、75℃以上で1分加熱すれば安全とされています。

このニュースを取り上げたテレビ局が、実際に1分おきに時間を変えて揚げたものの内部温度を測定しましたが、規定時間以下では内部温度が75℃まで達せず、見た目も仕上がりが不十分な感じでした。特に油温が高い場合には、短時間でも外観は仕上がったように見えるので、油温の管理は重要です。きれいに上がったように見える物も、実際に家庭で食べる際には、いちいち内部を確認しませんので注意が必要です。

レトルト食品やカップ麺などにも所定の加熱時間が表記されていますが、非加熱の冷凍食品を加熱する場合は、この指示条件を十分守ることが必要のようです。残念ながら現在の表示には加熱が不十分な場合の危険性については触れられていません。この冷凍ミンチカツ販売会社は加熱が不十分なことで起きた事故で、製品の安全性には問題はないとしていますが、冷凍食品の危険性についてもっと消費者へのPRが必要な気がします。

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大川小津波訴訟で石巻市が控訴

東日本大震災の津波被害で、教員・児童合わせて84名が亡くなった宮城県石巻市の大川小学校の遺族が学校の責任を訴えた裁判で、仙台地裁は10月26日に、学校側の過失を認め賠償金を支払うように命じた判決を下しました。

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2015年4月撮影の岩手県田野畑村の津波被災現場。中央に津波で壊れた防潮堤が映っており、その内側に新しい防潮堤を建設中でした。

これに対し、石巻市の亀山市長は「今回の判決で(死亡した)先生方に責任を負わせることはつらい。学校の防災教育にも大きな影響を与える内容で、今後のことを考えて控訴する」として市議会に控訴の議案を提出し、市議会はこれを賛成多数で可決し、控訴することが決定しました。

今回の訴訟に対しては「天災だから仕方がない」「津波は予見出来なかった」「教師も亡くなっているのだから責任を問うべきではない」など学校側を擁護する意見がある反面、「他の多くの小学校で高台に避難して難を逃れたのに、大川小の被害は突出しており原因究明が必要」「事前の予見はできなかったが、市の広報車が津波の接近を知らせており、被災は予想された」「被災時に裏山に逃れた児童は助かっており、教師の判断ミスは明確」など判決を支持する声も多く上がっています。

今回の判決を機に、私も被災の経緯を調べましたが、やはり学校側の判断ミスが大きいと感じました。大川小学校は海岸から4Kmほど遡った北上川の右岸の平地にありましたが、海抜から2mほどの高さの場所で、海岸からは平坦な田園地帯が続いています。それに対し、地震直後に予想高さ6mの大津波警報が出されていますから、常識的に考えれば津波被害を想定するのが当然です。通常、学校には防災担当が置かれ、教師も警報が出ればメール配信などで発令を知ることができるようになっているのが一般的です。津波襲来は地震からおよそ50分後でしたが、これだけの時間があれば裏山はもちろん、それ以外の高台にも避難は充分可能でした。

裏山への避難については、地割れを心配して実行しなかったとされますが、数分で登れる場所なのに誰も確認に行っていません。また、被災後の航空写真や現地踏査からも地割れの発生は確認されていません。時間を浪費した挙句、危険な場所への避難を指示した学校側の過失が問われても仕方のない事案だと思います。

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