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2017年10月 1日 (日)

名古屋城に初登城 その2

前回は名古屋城の天守を違った角度から見てみましたが、今回は櫓と門です。名古屋城は昭和20年の空襲で主要な建物を焼失してしまいました。戦争遂行と全く関係ない貴重な文化財を、焼夷弾で焼き尽くした米国の蛮行は強く非難されるべきだと思います。

戦争によって江戸時代に建てられた天守や本丸御殿は焼け落ちてしまいましたが、それでも隅櫓や門の一部は火災を免れて今日に残ることができました。訪問客の多くは豪壮な天守に目が向きがちですが、こうした遺構にも注目したいと思います。

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本丸西南の重文の未申(ひつじさる)櫓です。平成22年から26年にかけて解体修理を行いましたので、きれいな外観をしています。

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写真をクリックして右側の鯱の下の紋瓦に注目してください。お城なのに菊の紋章が付いています。これは明治期に宮内省(当時)が修理を行った際の名残です。

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西之丸から本丸へ通じる重文の表二之門です。保護のため鉄板でガードされているのが残念でした。

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本丸東南隅櫓の重文の辰巳櫓です。未申櫓と同じ構造ですが、破風の形が若干違っています。後方に見えるのが表二之門です。

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本丸東二之門に建つ二之丸から昭和47年に移築された東鉄門(ひがしくろがねもん)です。後方の高い石垣は東一之門跡の桝形です。

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東二之門の本丸側です。門の両脇にあるのが本来の門の石垣です。かつてはこの石垣の上に堅固な門が築かれていました。

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東一之門の跡です。清正石は左側に石垣の中央付近にあります。案内板の後方、通路左側の手前よりの所に門の心柱と思われる石が確認できました。

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本丸から御深井丸(おふけまる)に通じる不明門。不明門を抜けて東に進むと天守が望めるポイントがありそうですが、現在石垣修理中との理由で通行止めとなっており、確認することができませんでした。石垣上部の樹木は景観の邪魔なので剪定して欲しいものです。

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西北隅櫓の重文の戌亥櫓(いぬいやぐら)です。清州櫓とも呼ばれているのは清州城の天守を移築したからと言われているからですが、確かに隅櫓とは思えない石落としを持った三層構造で、他の城の御三階櫓に匹敵する規模です。

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