« 浜松城天守曲輪で発掘調査 | トップページ | 富士山遠望 »

2018年1月27日 (土)

浜松城の発掘現場を訪問

昨日取り上げた浜松城天守曲輪の発掘調査ですが、土日も実施していると言うことなので早速出かけてみました。

P1270045r18

富士見櫓跡から見た天守曲輪。樹木の伐採によって、ここからの展望はかなり良くなりました。

P1270032r18

発掘現場全景。もっと見学者が多いかと予想していましたが、思ったほどではなく、ゆっくりと見学することができました。

P1270025r18

地下から石積みが見つかっています。

P1270029r18

もしこれが、土塀の土留めとして使われていたのなら、石垣との距離を考えると土塀の幅は相当広かったことになります。

P1270037r18

現場では発掘品の一部が展示されており、自由に撮影することができます。これはウロコ状の模様が線刻されており、シャチ瓦との説明でした。天守のシャチはそれなりの重厚感があると思いますので、こちらは天守門のものかも知れません。

二俣城でもそうでしたが、廃城となった後はゴミなどが埋められたりしており、今回の発掘でも雑排が多数見つかったとのことです。天保の改革で知られる水野忠邦は22代の城主でしたが、幕閣への政治工作に多額の資金を要し、過酷な年貢の取り立てや山形への転封に伴う借入金の踏み倒しなどにより、領民にはすこぶる評判が悪かったようです。こうしたことにより廃城以後は文化財とは見られなくなってしまったのかも知れません。

P1270035r18

埋門跡付近からの天守と天守門。今回の発掘から、当時の地山は現在よりもかなり低い位置にあったようで、少なくとも2回程度埋めたてられているようです。天守台南側の空間に何があったのか、少しでも解明されることを期待したいと思います。

|

« 浜松城天守曲輪で発掘調査 | トップページ | 富士山遠望 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/171584/66327439

この記事へのトラックバック一覧です: 浜松城の発掘現場を訪問:

« 浜松城天守曲輪で発掘調査 | トップページ | 富士山遠望 »