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2018年4月29日 (日)

光明山古墳現地説明会に参加

浜松市天竜区にある光明山古墳で、浜松市文化財課による発掘調査が行われていますが、本日現地説明会が行われましたので行って来ました。

光明山古墳は全長82mの前方後円墳で浜松市内では最大の古墳ですが、恥ずかしながら存在は知りながら、勝手に光明山に築かれているものと思い込んで今まで訪れたことがありませんでした。今回、浜松市による発掘調査が行われ、発掘の成果についてマスコミに報道されたことから、その存在が改めてクローズアップされました。

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浜松市文化財課の現地説明会のチラシ。

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光明山古墳全景の航空写真  浜松市文化財課のチラシより

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現地説明会の様子。大勢の参加者が集まり、二つのグループに分けて説明が行われました。

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後円部北側の軸線上のトレンチ。基部から墳丘頂上にかけて葺石がびっしり敷き詰められているのが確認されました。古墳は葺石で覆われることがありますが、長い年月によって脱落・埋没してしまうことが多いので、こうして全体に覆われた状態で発掘されるのは大変珍しいそうです。

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後円部方向から前方部を望んだ古墳の全景。発掘調査に先駆けて、樹木の伐採が行われ、墳丘の形が良く見えるようになっています。古墳の形状から、被葬者はヤマト王権と深いかかわりがあり、最新の技術を伝えられたと見られています。

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光明山古墳は2段式の墳丘が築かれており、墳丘の途中に平坦部が設けられ、そこから円筒形の埴輪が多数発見されました。発見されたのは東側のトレンチです。

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復元された円筒埴輪。こちらは市内の郷ヶ平古墳から出土した破片を復元したものですが、ここの出土品と同様の特徴を備えており、類似した形状であると見られています。

天竜川東岸地区では全長が100mを超える古墳が3基発見されていますが、光明山古墳古墳が築かれて以降、一気に規模が縮小しており、光明山古墳は紀元450年ごろに造営されたと考えられますが、それ以前に大規模な前方後円墳が築かれていた天竜川東岸地区の権力者から古墳の被葬者にこの地域の権力が移行した結果であると考えられます。

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今日の発表会で一番驚いたこと、それは古墳南側にかつて存在した2号墳のことです。現在は駐車場となっていますが、その中央部には直径33mの円墳があり、発掘調査後に老人ホーム建設のために破壊されてしまいました。光明山古墳については当分は墳丘内部の発掘を行わない意向だとの説明でしたので、かつて旧天竜市が行った発掘調査の結果について質問したところ、調査資料が所在不明になっていると言うことでした。財務省や防衛省で本来あるべき書類が破棄されたり、紛失したとして問題になりましたが、まさか貴重な発掘記録がなくなってしまうとはびっくりです。

各地で開発のために多くの埋蔵文化財が消失していますが、今回のように葺石が完全ン状態で発見されるなど極めて良好な状態で古墳が保存されていたのは大変貴重なケースです。できれば、なるべく早い時期に墳丘部の発掘調査が行われることを期待します。

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