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2018年6月30日 (土)

関東甲信が梅雨明けと発表

気象庁は昨日、関東甲信の梅雨が明けたと見られると発表しました。梅雨は当該地域の前後の気象状態から梅雨入り、梅雨明けが宣言されますが、発表後に取り消されることもありますので、これで確定した訳ではありません。

関東地方の梅雨明けは通常7月20日前後です。6月中に梅雨が明けたのは、観測が開始された1951年以降初めてで、昨年より7日、平年に比べて22日も早くなっています。

梅雨明けはいくつかのパターンがあります。いずれも太平洋の高気圧が影響しますが、梅雨前線が高気圧に押上げられるか、北の高気圧に押し下げられ、太平洋の高気圧とサンドイッチになって消滅するパターンですが今回は前者です。

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本日午前3時の天気図です。 (出典:気象庁HPより)

日本の東にある高気圧が関東地方を覆っています。西日本はこの高気圧のふちに沿って吹き込む太平洋からの湿った暖かい空気の影響で大雨が降りやすい状態となっています。

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本日午前7時40分現在の気象衛星写真です。 (出典:気象庁HPより)

西日本に厚い雲がかかっているのが判ります。沖縄に接近している台風7号の雲の様子も見えています。

九州以東が梅雨明けするには、この高気圧がもっと張り出すことが必要になりますので、まだしばらくは時間がかかるのではないかと思います。

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早くカラッとした夏空が見たいものです。

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2018年6月29日 (金)

タレント犬のカイ君、天国へ

ポーランドに1-0で敗れましたが、フェアプレーポイントの差でグループ2位を確保して、日本代表が決勝トーナメント出場を決めて日本中が喜びに沸く中、一匹のワンコがひっそりと世を去りました。

報道によればソフトバンクのテレビCM、で白戸家のお父さん役を演じて人気者となったタレント犬のカイ君(16歳)が亡くなったそうです。カイ君はコミカルな演技と共に、あたかも言葉を発しているかのような口の動きが見事でした。もちろんCMを企画した広告代理店の企画力が優れていたこともありますが、カイ君の出演がなかったら、ソフトバンクへの注目度がここまで大きくなったか疑問です。大げさに言えば、後発のソフトバンクを3強の一角に押し上げた立役者と言えるのかも知れません。

高齢になったことを理由に引退し、現在はカイ君の子供たちがCMを引き継いでいるそうです。

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我が家のワンコも14歳になり、衰えが目立つようになりました。

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2018年6月28日 (木)

「はやぶさ2」が「りゅうぐう」に到着

27日午前、JAXAは小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星「りゅうぐう」に日本時間の午前9時35分に到着したと発表しました。2014年12月に打ち上げられた「はやぶさ2」は、約3年半をかけて順調に航行を続け、速度を落として「りゅうぐう」に20Kmまで接近、逆噴射を実施して高度約20Kmで並走しています。

先代の「はやぶさ」は、初めての小惑星探査機だったこともあってトラブルが続出しましたが、その都度粘り強く対応して到着に到着に漕ぎ着けましたが、今回はほとんどトラブルらしいトラブルもなく、順調過ぎる航行ぶりでした。

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26日に撮影の、一段と鮮明になった「りゅうぐう」 (出典:JAXA)

「はやぶさ2」はしばらく高度20Kmからの観測を続けた後、7月末頃に中高度観測1として高度を5Kmまで下げて、更に表面を詳しく観測した後、8月には重力計測降下で高度1kmまで接近します。写真で判る通り、「りゅうぐう」の表面にはかなり凹凸が見られますので、これらの観測で着陸適地を探し、9月から10月にかけて第一回目の着陸を決行する予定となっています。

「はやぶさ2」は合計3回の着陸を行って岩石サンプルを採取し、2019年の11~12月に「りゅぐう」を出発し2020年秋に地球に帰還する計画となっています。

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2018年6月27日 (水)

警官刺殺、小学校銃撃事件

昨日、富山市の交番で元自衛隊員の男が応対した警察官を刺殺、奪った拳銃を持って近くの小学校を襲撃し、正門付近で交通整理をしていた警備員の男性を射殺する事件が起きました。容疑者(21歳)は昨年3月まで陸上自衛隊に勤務して、格闘術などを習得していたと考えられています。容疑者は複数の刃物を所持し、警備員を射殺したところで駆け付けた警察官2名に発見されました。

警察官は動くと撃つと警告しましたが、刃物を持って向かった来たので、それぞれが1発ずつ拳銃を発射、内1発が容疑者の腹部に命中し、殺人罪で現行犯逮捕されました。容疑者は銃撃によって内臓を損傷しており重体だということです。

友人の死に接し、ショックを受けているところにとんでもない事件が起きたものです。交番は事件の相談や道案内、拾得物などで一般市民にとっても、馴染み深い場所です。不在の場合でも電話連絡ができるようになっており、開かれたイメージが定着しています。

容疑者はこの低い敷居を逆手に取って、銃を奪う目的で交番を襲撃し、居合わせた警官を刺殺しています。警察官はこの手の刃物による襲撃に備えて、防刃ベストを着用していますが、今回は着用していたかは明らかになっていません。

警察官が襲われて拳銃を奪われる事件は1982年以降今回を含めて16件起きており、およそ2年に1回起きていることになります。我が国では銃に対する管理が厳しいため、銃を入手する手段として警察官が襲われており、警察官の殉職もたびたび発生しています。本来治安を守る立場の警察官を襲って銃を奪うことは、それを使った犯罪を意図したもので二重の犯罪を犯すことになります。これまで警察は、銃の使用について慎重な立場を取って来ましたが、警察官の殉職を受けて必要な場合には躊躇わずに使用するように方針を転換しています。

今回、威嚇発砲なしで容疑者に発砲していますが、最初の事件の凶悪性や、児童多数が在校する小学校を襲撃していることから、発砲は正当な行為だったと考えます。今後、同様の事件が起きた場合、第二の事件が起きて新たな被害者を出さないために、警察官に拳銃を携帯させるだけでなく、離れた位置から相手を制圧できるショットガンやアサルトライフルの部隊を投入し、投降しなければ銃撃によって早期に制圧することも考えるべきです。その上で、犯人には死刑、もしくは釈放の無い無期懲役を科すことで、犯行に対する抑止力とし、再発の根を絶つべきだと思っています。

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2018年6月26日 (火)

バッテリー上がりに緊急対応

昨日、カミさんが出勤しようと車に乗り込みましたが、エンジンがかからないと訴えてきました。キーを回すと全く反応がありません。試しに室内灯を点けてみると薄ぼんやりと光るだけなので、バッテリー上がり確定です。

実は我が家にはこんな時のために、心強い新兵器が用意されています。それはこちらです。↓

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携帯バッテリーです。バッテリーはシールドタイプなので、横倒しとなっても液漏れの心配がありません。本来の用途はアウトドアでの照明用に購入したもので、直接100Vが取り出せるスグレものですが、バッテリー上がりの車の始動用にも使える仕様になっています。実は以前、インバーター電源の使い過ぎでセルが回らなくなり、目と鼻の先の修理屋さんに対応を依頼して3000円也を支払った苦い思い出がありますので、その教訓の意味合いもあります。

早速ケーブルを接続してキーを回すと、見事一発で始動です。こんなバッテリーがなくても、ブースターケーブルで2台の車を接続すれば事が足りますが、それは十分なスペースがある場合です。昨日は頭から突っ込んだ形で駐車スペースに停めてあったために、この方法では対応できませんでした。

購入して3年になりますが、照明以外の用途に初めて使用しました.これまでも利便性の良さを感じていましたが、改めて存在感を示してくれました。

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2018年6月25日 (月)

イージス・アショアの行方

米朝首脳会談で朝鮮半島の非核化について合意されましたが、具体的なステップについては何も決められませんでした。しかし、この合意を受けて北に対して圧力を加えるべきはないとして、トランプ大統領は8月に実施予定だった恒例の米韓合同軍事演習の中止を決めています。我が国でも北の弾道ミサイルに対応するために、日本海側に設置予定の地上配備型イージスシステムのイージス・アショア不要論も聞かれます。そんな中で毎日新聞の世論調査で興味深い結果が出ています。

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イージス・アショアの地上配備写真です。 (出典:防衛省)

「米朝首脳会談を踏まえ、北朝鮮の核・ミサイル問題が解決できると思うか」との質問に対し、

解決できる                15%

解決できるとは思わない        70%

との回答で、圧倒的に否定的な考えが多い結果となりました。

秋田県の佐竹知事が秋田市の新屋演習場への設置に反対を表明しており、政府もミサイル着弾を予想した訓練の中止を決定していますが、国民の多くが北の核廃棄について否定的な見方をしており、相手の脅威に対する備えは怠るべきではないと考えます。

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2018年6月24日 (日)

歯ブラシさんの霊前に焼香

今日は閑人倶楽部のメンバーと連れ立って、先日登山のガイド中に急死した歯ブラシさんのお宅に弔問に行って来ました。ご自宅は埼玉県にあるため、片道4時間ほどのドライブでした。こうした形での顔合わせは残念な限りでしたが、彼の死が新たな悲劇を防ぐ一助になればと、記事に取り上げます。

本日伺って話を聴いた限りでは、どうも事前に何らかの変調があった可能性が否定できず、もしかしたら無意識の内に普段とは違う言動となった可能性があるのではないかと、思いました。いつもと違う会話や行動が見られたら、要注意です。当日も行動開始から各ポイントでの到着時刻を手帳にメモしていましたが、意識を喪失するに至った午後1時前の最後の記入は文字の乱れが読み取れました。

本人は倒れる最後まで苦しいとか痛いとかの言葉を発しなかったようですが、文字の乱れに見えるように身体の変調に堪え、ガイドの任務を全うしようとしたのではないかと推測します。もし、異常を訴えてガイドを中止して安静にしていたならば、もしかしたら大事には至らなかったかも知れません。

登山に限らず何事においても、もし体に著しい異変を感じたのなら、直ちに行動を中止して、救急車もしくは救急へりの出動を依頼すべきです。最近は安易な救助要請が多く、非難されていますが、もし生命の危険を感じたのなら、例え空振りであったとしても、まずは自らを助ける努力をして欲しいと思います。

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2018年6月23日 (土)

はやぶさ2が「りゅうぐう」に到着間近

2003年5月に打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさは、数々の困難を乗り越え小惑星「イトカワ」に到着し人類史上初の小惑星からの岩石のサンプルを採取、2010年6月13日に地球に帰還し、サンプルを持ち帰ることに成功しました。

今回の「はやぶさ2」はより困難な小惑星である「りゅうぐう」に到達し、その表面から岩石のサンプルを採取して、地球に持ち帰ることを目的としています。

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「りゅうぐう」からおよそ100Kmの位置から撮影した小惑星「りゅうぐう」の写真です。

(出典:JAXA HPより )

23日正午現在「はやぶさ2」は、「りゅうぐう」の手前36Km付近を秒速11cmの速度で、接近中です。このままのペースで接近を続ければ、今月27日頃に到着できる見込みです。「はやぶさ2」は着陸後、前回と同様に地表に向けて金属弾を発射してサンプルを採取する計画です。前回の採掘では、機器のトラブルからサンプルの採掘は難しいとの見方が体制を占めていましたが、その後の推移を見れば、こうした見方は誤ったものだとの印象を強く持っています。

何とか岩石サンプルを採取して、無事に地球に帰還することを強く願っています。

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2018年6月22日 (金)

醜議員、穴見陽一

社会的評価とは違う人物は多々存在しますが、国会議員でありながら人間としての良識をもたないと言うのは本当に嘆かわしいことです。政治家に清廉を求めるのは八百屋で魚を探すようなものとも言われましたが、それにしてもひどい議員がいたものです。

今月15日、衆議院厚生労働委員会は受動喫煙対策を強化する健康増進法改正案の審議に伴い、参考人として招致された日本肺がん患者連絡会代表の長谷川一男氏の発言中に、穴見議員が長谷川氏に対し「いい加減にしろ」とヤジを飛ばしたと言うものです。長谷川氏は自らも肺がんを患い、病気によって折れやすくなった骨を保護するコルセットを外して質疑に応えている最中でした。以下21日付のBuzzFeedJapanから引用です。

~日本維新の会の浦野靖人議員が、屋外で吸うことに対する考え方を質問し、それに答えていた。

長谷川さんは「原則としては屋外でもなるべく吸ってほしくないというのが肺がん患者の気持ちではある」と述べたうえで、「やはり喫煙者の方がどこも吸うところがないじゃないかとおっしゃるのもすごくよくわかります」と喫煙者の思いにも配慮した発言をした。

その直後に、議員席に座っていた青いシャツ姿の議員から「いい加減にしろ!」とヤジが飛んだ。

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そして、そのまま次のように意見を続けた。

「そういったことで、屋外の喫煙所を作る、増やしていくというのは一つの方法ではないかと考えてはいます。しかしながらそれも一時的なもので、なんとか数年経った後にそういったところもなくしていくことができればいいんじゃないかなと個人的には思っております」

すると、再び青シャツの議員から「いい加減にしろ!」とヤジが投げられた。別の自民党議員はヤジを飛ばす議員を見ながら笑っていた。 ~

何と民間からの参考人に二度もヤジを飛ばすとは正直人間のクズとしか思えません。別の自民党議員も同様です。がんで苦しむ患者が肺がんの原因の一つである喫煙に対して、病を押して発言している最中に、喫煙者である穴見議員が自らの立場でヤジを飛ばすとは見上げた根性です。しかも穴見議員は喫煙対策が求められる大手ファミリーレストランチェーン「ジョナサン」の代表取締役であると言うから、更に呆れます。

そもそも国会は弁論を通じて政策を実現させる場である筈です。その議論の場である委員会の発言中に、それを制するような発言は議員としての資質を疑うものです。また、その場で穴見議員に何ら注意をしなかった高鳥委員長も問題です。法案審議のために病に苦しんでいる人間が参考人として意見を述べようと、体に鞭打って臨んでいるのに、それを誹謗する議員に対して静観している神経を疑います。

21日になって、この問題がマスコミに取り上がられるや、高鳥委員長は穴見議員を厳重注意し、長谷川氏に謝罪文を送ることを決めましたが、体裁を整えただけのことで、高鳥氏自身が謝罪しなければなりません。また、これを受けて穴見議員がコメントを出しましたが、これがまた問題です。

・「不愉快な思いを与えたとすれば、心からの反省とともに深くお詫びします」と言っていますが、これでは相手が不愉快と感じることを前提としており、心からの反省とは程遠いものです。病身の参考人を見下した態度であり謝罪になっていません。

・「喫煙者を過度に差別すべきではないとの思いでつぶやいた」先に引用した長谷川氏の発言のどこに過度に差別する内容があるでしょうか?冷静で抑制的に発言する参考人に対し、罵声を浴びせるなど到底許されるものではありません。しかもヤジは大声を発するものであり、弁明のためのコメントでヤジをつぶやきなどと自己弁護するなどつくづく見下げ果てた最低男だと感じました。

以前自民党総裁の安倍晋三氏は都議選の応援演説でヤジられ、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と力説しました。私は穴見議員こそが「こんな人」だと思いますが、安倍氏は何故か沈黙です。できそこない議員の不始末は党総裁の責任だと思いますが、自身も「こんな人」と認めたわけでしょうか。

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2018年6月21日 (木)

被災した熊本城元太鼓櫓が倒壊

熊本大地震で石垣が崩れるなどの被害を受け、8月に解体される予定となっていた熊本城の元太鼓櫓が倒壊しました。原因は地震で石垣に大きな損傷を受けて傾いていたところに、今回の大雨で石垣が崩壊し、倒壊したものです。元太鼓櫓は西大手櫓門の外側虎口に建っていましたが、明治になって取り壊され、2003年に木造で復元されていました。

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元太鼓櫓の位置関係はこんな具合です。 (出典:国土地理院 地理院地図を加工)

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西出丸側から見た西大手門です。石垣左側にわずかに見えるのが元太鼓櫓だと思います。

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イメージ的にはこんな平櫓ですが、板張り部分は全面が右側位の高さでした。

熊本城ではこれ以外にも木造復元しながら震災で大きく壊れた建物に飯田丸五階櫓がありますが、今回元太鼓櫓が全壊してしまったのは残念至極ですが、けが人が出なかったのがせめてもの救いでした。

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2018年6月20日 (水)

朝倉の三連水車が再開

昨夜のW杯コロンビア戦、前半 6分での先制点で見事緒戦を勝利で飾りました。日本全国が喜びに沸いたことと思いますが、私も取って置きの余市で祝杯を挙げました。

さて、いよいよ梅雨本番です。西日本で強い雨が降っていますが、地震の被害があった大阪周辺では、土砂災害が起き易くなっていますので心配です。

ところで、昨年未曽有の豪雨に見舞われ、大きな被害を出した朝倉の三連水車が復活したとの報道がありました。水車は筑後川に近い用水路脇に設置されていましたので、水害で被害を受けたのではないかと心配されていましたが、何とか大きな破損を免れました。三連水車は地域の名所として周辺住民にとっては象徴的な存在でしたので、熊本城のように復興に向けて心の支えになったのではないでしょうか。

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以前に撮影した朝倉の三連水車です。

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水車には水の落差を利用して回るものと、流れの勢いを利用して回るものがありますが、ここでは後者で低い水路の水を高い水田に汲み上げる役目をしています。

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水車の両側には汲み上げ用の桶が取り付けられていて、それを樋で集めて水路に流しています。

水車の力強い動きは、多くの人に勇気を与えてくれますが、地域の復興に弾みがついてくれればと願って止みません。

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2018年6月19日 (火)

歯ブラシさんを偲んで

昨日は通勤通学の時間帯である午前8時前に大阪北部を震源とする地震があり、死者4名、負傷者400名近い被害が発生しました。亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に、被災された方々にお見舞いを申し上げます。

訃報が知らされた山仲間のニックネームは「歯ブラシ」さんでした。由来は、水が大変貴重な環境下においても常に食後の歯磨きを欠かさなかったからで、雪を溶かして水を作る雪山でもこの習慣は変わることがありませんでした。

「歯ブラシ」さんとは、昨年閉店した登山用品店からの紹介で知り合いました。私よりも二つ年上でしたが、お互いそんなことは気にせず、良く山に行きました。ある年の夏、南アルプスの聖岳から茶臼岳への縦走を計画した私たちのパーティは、林道で赤石沢を登っている筈の閑人倶楽部のメンバーと出会いました。聞けば上流では雨で水量が上昇し、計画を断念して下山したとのことです。

当夜は林道の橋の下にテントを張って、楽しい宴会となりました。その中で歯ブラシさんともう一人のメンバーが同じ高校の卒業生であり、クラブ活動ではグラウンドで隣り合わせていたにもかかわらず、この時まで全く面識がなかったと言うことが判り、大いに盛り上がりました。

その後、正月には赤石岳から茶臼岳への縦走を計画し、雪と寒さに苦しみながら赤石東尾根から聖岳まで縦走しましたが、あるトラブルで下山を余儀なくされました。以来、「歯ブラシ」さんと会うと、この時のことが思い出されてなりません。

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春の赤石岳、画面左側の山です。

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こちらは聖岳です。冬と変わらない積雪です。

もう一つ記憶に残っているのが、スキーで縦走した妙高の天狗原山から火打山への縦走です。笹ヶ峰から入山し、天狗原山東の尾根をスキーを使ってひたすら登りました。「歯ブラシ」さんは山スキー、私はテレマークスキーで思い思いに登って行きましたが、このコースを選ぶ物好きは少なかったと見えて、他の登山者に出会うこともなく春山を存分に楽しみ、稜線手前でツェルトを張りました。

翌日順調に稜線をスキーで縦走しましたが、どうもこの時焼山は入山禁止となっていたようで、焼山山頂は強風にもかかわらず、強い硫黄の匂いがしました。今と違い、情報伝達の手段が限られていましたので事前情報でキャッチできず、また登山のベースとなる笹ヶ峰にもそのような表示の類は全く見られませんでしたので、このことを全く知らずに入山してしまったのです。稜線で、雨飾山方面に縦走するパーティとすれ違いましたので、地元では規制は有名無実化していたのかも知れません。

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二日目の高谷池(こうやいけ)ヒュッテ前に張ったエントラントのツェルト。後方が越えて来た火打山です。

御嶽山の噴火があった時も真っ先にこのことが頭に浮かびましたし、笹ヶ峰に足を運ぶ度、この時のことが思い出されて仕方ありません。

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2018年6月18日 (月)

登山仲間の訃報が届く

遭難が伝えられていた新潟県の登山グループの無事が確認され、ほっと安堵していたら友人の訃報が届きました。現在は地元を離れ、埼玉県でツァーガイドとして活動していた友人が、16日に雲取山でガイドとして登山中に突然倒れ、病院で死亡が確認されたと言うことで、病死と見られています。

これまで体調不良を聞いたことがありませんでしたので大変驚いています。彼は大手ツァーガイドの会社に所属して主として海外登山のガイドを務め、キリマンジャロには50回以上登ったと言っていました。最近は一線を退いて活動の場を国内に移していましたが、健康面・体力面には自信を持っていたのではないかと思います。

時折帰省した時には顔を合わせる機会もありましたが、例年6月初旬には海外遠征中に雪崩事故で亡くなったメンバーの追悼登山があり、最近はそこで会うことが多くなっていました。私も例年参加していたのですが、今年は都合がつかず参加できませんでした。昨年の追悼登山で会ったのが、残念ながら最後の登山となってしまいました。合掌。

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2006年に遭難して行方不明になった友人の捜索に当たった時の集合写真。右から二番目で腕を組んでいるのが故人です。

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トヨタがル・マンで初優勝

フランスのル・マンで行われた24時間耐久レースでトヨタが初優勝を果たしました。このレースでトヨタは7、8号車の2台で参戦しましたが、8号車が優勝、7号車が2位でゴールしワンツーフィニッシュを決めました。日本勢の優勝は1991年にマツダがロータリーエンジン搭載車で初優勝して以来、2度目となりますが、トヨタは1987年にワークスとして初参加以来31年かかっての、まさに悲願の初優勝です。

この間、2016年には5号車がトップを快走し、誰もが初優勝を確信しましたが、レース終了のわずか3分前にマシントラブルでまさかのエンジンストップとなり、ゴールを目前にして涙のリタイアとなり、優勝を逃しました。なお、残った6号車が2位に入っています。

雪辱に燃えた2017年のレースでは3台で参戦しましたが、またもマシントラブルに見舞われ、2台がリタイア、残った8号車が9位でゴールする結果となり、またしてもレースに優勝する難しさを味わうことになってしまいました。

このような苦難を積み重ねた末の優勝だけに、挫けることなくチャレンジを続けて栄冠を勝ち取ったトヨタには心より祝意を送りたいと思います。

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2018年6月16日 (土)

空自機が管制の指示に従わず滑走路進入

14日午後8時25分頃、沖縄那覇空港に沖縄エアーコミューターのボンバルディアDHC-8-402型(乗員・乗客35名搭乗)が空港の南約5Kmを高度300mで着陸態勢に入っていたところ、スクランブルで出動した空自那覇基地のF-15J戦闘機2機が滑走路に進入したため、ボンバルディア機は一旦着陸をやり直し、同27分に同空港に着陸し、乗員乗客にけがはありませんでした。この時のボンバルディア機の速度は判っていませんが、時速200Kmほどで着陸するようなので、この時点では250Km位だったのではないかと想像しますが、計算すると着陸前72秒前だったことになります。

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スクランブル態勢のF-15J戦闘機

自衛隊機に対し管制塔からは滑走路手前で停止するように指示していましたが、自衛隊機はこの指示に従わず、滑走路に進入したものです。滑走路への進入は管制の許可を得て行われるものなので、普通に考えれば自衛隊機に非があったことになります。国交省の運輸安全委員会は重大事故につながりかねない事態だったとして係官を派遣して詳しく調査する方針を決めています。

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(出典: 国土地理院 地理院地図を加工)

那覇空港の位置関係です。那覇空港は自衛隊と民間機の共用空港ですが、海上自衛隊、海上保安庁も利用しています。沖縄の観光振興と共に利用客が増え、現在沖合を埋め立てて並行滑走路の増設が進められていますが、年間の着陸回数が8万7000回と福岡空港に次いで混雑している空港となっています。

那覇空港の管制は国交省の管轄となっています。自衛隊との共用では小松空港がありますが、こちらは空自が航空管制を行っていますが、この種の事故は聞いたことがありません。那覇空港では以前も自衛隊のヘリが滑走路に進入する事故がありました。この時は自衛隊機が管制の指示を誤認したものですが、今回も管制の在り方に問題が無かったかが気になります。

那覇空港では中国軍機に対するスクランブルが日常化しており、空港の混雑に拍車をかけています。スクランブルが発せられると戦闘機は5分以内に離陸することになっており、この際、民間機との調整が必要になります。当然安全が最優先されなければなりませんが、一方で自衛隊機にも分刻みの行動が課せられています。

戦闘機の速度が時速900Kmの場合、1分間で15Km進みます。発進が5分遅れれば、75Km相手機の侵入を許す結果となってしまいます。今回の「事故」の原因は現段階ではっきりしませんが、緊急時には自衛隊側の管制に切り替えるなどの方法を検討する必要があるのかも知れません。

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2018年6月15日 (金)

浜松市議会で浜松城が議題に

浜松市の定例市議会で、浜松城公園の整備に関する質問がいくつかあったようです。各会派4氏が浜松城に関する質問に立ちましたが、市側の回答では、来年度に予定されている、二の丸跡に建てられている廃校となった旧元城小学校跡地の発掘調査の結果によって、今後の整備計画が大きく見直される可能性が出てきました。

二ノ丸跡には現在旧元城小学校と市庁舎が建っていて、かつての面影はどこにも残っていません。特に市庁舎は基礎工事などで遺構が破壊されてしまっている可能性が大きいものと思われますが、旧元城小学校跡は校庭の部分の保存状態は良好と考えられ、二ノ丸御殿の遺構が確認できるのではないかと期待されます。

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現在の二ノ丸跡。 (出典:浜松城公園長期整備構想より引用)

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浜松城天守内に展示されているジオラマでは二ノ丸はこのように再現されています。

答弁に立った長田副市長は、将来的には公園整備の計画次第では市庁舎の移転もあり得るとしていますので、益々旧元城小学校跡地の発掘調査に期待がかかります。

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2018年6月14日 (木)

MRI検査の結果

今日は先週受けた顎の手術跡のMRI検査の結果を聴くために、耳鼻咽喉科の外来を受診して来ました。気になる結果は、真っ白ではなくグレーでした。特に重大な所見は無かったものの、リンパ腺が腫れているのが気になるので、三ヵ月後にエコーで再検査となりました。

手術後しばらくは、顎と首の境辺りにコリコリとしたしこり状のものがありましたが、時間の経過と共に解消していました。ただ、最近手術跡の辺りに、すこし張りが感じるようになっていましたが、リンパ腺が腫れていたのが原因であれば、納得です。後はリンパ腺が腫れた原因ですが、この春に行った血液検査でも特に異常は無かったので、何らかの病原菌によるものではないかと思われます。

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白花のホタルブクロです。

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2018年6月13日 (水)

またも文化2年創業の老舗を発見

先日、京都銘菓八ッ橋を巡る騒動に関して、和菓子舗の創業年について記事にしましたが、新たに1店を見つけてしまいましたので、性懲りなく紹介します。

今回見つけたのは東京亀戸で文化2年(1805年)からくず餅を販売している船戸屋です。船戸屋のくず餅は、一般的な葛粉を使ったものとは違い、小麦粉を練った生地を発酵させて使っているのが、大きな特徴です。甘味付けに黒糖と共に黄粉を使っているようですが、黄粉には白砂糖が使われているものと思われます。船戸屋のHPはこちらです。 ↓

http://www.funabashiya.co.jp/sph/

船戸屋は亀戸天神の参拝者向けに店を開いたのが、創業のきっかけのようですが、これは八ッ橋、伊勢の赤福、福岡の梅ヶ枝餅のいきさつとよく似ています。但し、梅ヶ枝餅については創業からの店は現存していないようで、現在は「名物」と呼ぶことで本家争いを避けているそうです。

それにしてもまたしても文化2年です。砂糖の普及の影響が大きいのでしょうが、何故に文化2年なのか?もう少し歴史の勉強が必要なようです。

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餅のお菓子と言えば桜餅がありますが、こちらは桜餅用の桜の木を栽培している畑です。

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2018年6月12日 (火)

山間の棚田

最近棚田が注目されています。棚田は平坦地の少ない山間部などで、斜面を少しずつ階段状に畔を作って切り開いた田んぼです。一枚当たりの面積が小さいことから機械化が難しく、農家の高齢化と共に耕作放棄されることが多くなっていましたが、近年になって文化遺産的な意味合いや、観光地としての価値が見直され、景観の保持のために耕作が復活される所が増えています。

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ここも、そのような棚田の一つで、伊豆の松崎町にある石部(せきぶ)の棚田です。この付近は平坦地が少なく、このような山間に棚田が開かれました。現在は有志多数によって稲作が行われています。

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棚田の最上部です。まさに猫の額ほどの面積ですが、一粒でも多くとの、米作りに向けた当時の人々の熱い思いが伝わって来ます。

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東京高裁が袴田事件の再審請求を棄却

11日午後、東京高裁は袴田事件の再審請求で静岡地裁が認めた再審請求について、地裁決定の根拠のDNA鑑定を「過大評価」と判断し、これを認めない決定をしました。はっきり言って東京高裁はボンクラの揃いで、法の下の正義の資格を自ら放棄した無能集団です。

袴田事件では容疑者の強引な逮捕以後、違法な過酷で長時間の取り調べを連日行い、容疑者を心神耗弱の状態に追い込んで、自白を誘導しました。この間の経緯については警察・検察はひたすら隠蔽し、裁判所は盲目的に調書を鵜呑みにして有罪判決に加担しました。違法な取り調べのテープが最近になって明らかになったり、行方不明とされた証拠物を撮影したネガフィルムがひょっこり見つかるなど、警察のやりたい放題だった捜査の状況が今更ながら彷彿される状況です。

何より容疑者逮捕の時点で、犯行時の着衣はパジャマとしたのに、後日別の衣類が何度も捜索したはずの味噌樽の中から、見つかると言う悪代官が登場する時代劇そっくりの展開です。しかもお笑いなのは、長期間味噌に使っていた筈の衣類はほとんど変色しておらず、弁護側の再現実験の結果とあまりに違っていても裁判所は見て見ぬ振りです。

何より驚くのは、これらの見つかった衣類はサイズが小さ過ぎて被告は着ることができなかったのに、味噌に浸かったことにより縮んだと嘘八百を述べましたが、再現実験ではほとんどサイズの縮みは確認されませんでした。また、警察は衣類の「発見」後に容疑者の実家を捜索し、共布が見つかったと証拠申請しましたが、発見の直前にメーカーから同じ布を入手しており、いかにも不自然です。もし本当に犯行時の着衣なら共布は衣類発見時に処分されているべきもので、不自然に発見される様は、ドラマの悪徳刑事の手口そのものです。

これらの明らかに事実と相違する証拠品について、裁判所は目を瞑ったまま、頑なに弁護側の主張に耳を傾けようとはしませんでした。これは明らかに警察・検察を擁護するために、被告の利益を無視した司法にあるまじき態度で、許せるものではありません。

そもそも、本事件は容疑者の勤め先の専務一家に強盗に入った末に家族4人を殺害したと決めつけていますが、普通に考えれば面が割れている専務の自宅に押し入るよりも、見知らぬ金持ちに押し入る方がはるかに合理的です。警察・検察の事件の筋立ては荒唐無稽としか言えないもので、このような稚拙で誤った捜査を高裁、最高裁が追認し、今また高裁が支持することは、我が国の裁判史上最大の汚点と言っても差し支えない愚挙そのものです。東京高裁よ、まともな神経を持っているなら恥を知るが良い。

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本件とは全くの無縁ですが、京都府警本部です。

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2018年6月11日 (月)

新幹線刃物死傷事件

走行中の新幹線のぞみの社内で乗客3人がが刃物で襲われ、男性一人が死亡、女性二人がケガをする事件が起きました。犯人の男は、通路側の背に座っており、新横浜から乗り込んだ女性客が窓側に座り、テーブルを使おうとしたところ、いきなり刃物で襲い掛かかったということです。

亡くなった男性は、この女性を庇おうとして犯人に襲われたものと見られています。男は刃渡り30センチのナタともう一本の刃物を持ち込んで犯行に及んでいました。犯人の周辺からは、男は自殺をほのめかしたり、刑務所に入所をする願望を口にしていたとのことですから、もしかしたら無差別殺人をすることで、逮捕され、死刑になって命を絶とうと考えたのかも知れませんが、無責任にもほどがあります。こんな男の身勝手な願望の犠牲となって突然命を落とすことになった38歳の男性が哀れでなりません。

それにしても、新幹線の安全管理には問題があると言わざるを得ません。2年前に乗客が車内にガソリンを持ち込み、走行中に床にまいて火を点けて焼身自殺を図る事件があり、巻き込まれた女性客が亡くなる事件がありました。この時、乗客の手荷物検査を実施すべきとの声が上がりましたが、利便性を優先するとの結論になり、車内に監視カメラを設置する対策だけが取られることになりました。

確かに新幹線の場合、短時間に多数の列車を運行していますので、全ての手荷物を時間を掛けて検査することには課題が多いかも知れません。しかし、通路に金属探知機を設置して、反応があった荷物だけをしらべれば、チェックする件数は相当絞れる筈です。また、過去にも車内で凶行が行われたことがあるのに、何の対策もとらないままで、漫然と運行して来たのも問題です。

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ホームに入線する東北新幹線。

今回は座席を外して犯人に対する盾としたようですが、駆け付けた車掌は犯人に対して何もできませんでした。せめて暴漢に対し、少なくとも運動能力を奪うスプレーやスタンガンの類は常備する必要があったのではないでしょうか。

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2018年6月10日 (日)

蛍を見たい

若い頃、山からの帰りに仲間と車で走行中、闇の中に乱舞する無数の光と遭遇して、思わず車を止めました。よく見ると水田の上を沢山の蛍が飛んでいる幻想的な風景でした。写真で良く見る光の軌跡が縦横に走っている様そのままの光景でした。

このことはいつしか記憶の中に埋もれてしまいましたが、ある時ふと思い出して再びその場所を訪ねましたが、残念ながら蛍の姿を見ることはできませんでした。その後、京都に単身赴任した際に、哲学の小径脇の水路で源氏ボタルが見られると聞き、夢よもう一度と行ってみましたが、数匹が水面の上を行ったり来たりしているだけで、乱舞とは程遠いものでした。

蛍の出現には時期や時間、気象条件が微妙に関係するようなので、最初に見られたのも非常な幸運に恵まれたからかも知れませんし、上手く見られなかった時も、たまたまタイミングが合わなかっただけなのかも知れませんが、正直、そこまでの情報は持ち合わせていないので、本当のところは判りません。

そして昨夜、とある情報を元に、蛍が見られると言う場所に行って来ました。そこは道路に面した場所なので、条件は良くありません。あちこち移動して探してみましたが、数匹以上の蒸れには出会えません。やみくもに周辺を探索していると、闇の中に灯火動いているのを見つけました。本当は蛍の観察に灯りは厳禁なのですが、とりあえず、その方向に行ってみました。

いました。山側の斜面に数匹の蛍が草に止まって光っています。更に進むと数匹が宙を飛んでいました。更に良く見ると、水辺の草に沢山の蛍が止まっていて、あちこちで点滅しています。飛んでいる蛍が少ないのは灯りに驚いてしまったせいなのか、時間が遅いためなのかは判りませんが、それでも数十匹単位の蛍がいたのは間違いありません。

今回も蛍の乱舞をみることは叶いませんでした。まるで、あの時見た幻想的な光景があたかも蛍のはかない光のように、淡い一時の幻だったかのようです。

記憶の中に後年になって、あの時のあのような光景を見てみたいと再びその場所を訪れましたが、蛍を見ることできませんでした。

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2018年6月 9日 (土)

MRI検査を受診

MRIの検査を受けました。別に体調不良があった訳ではなく、昨年受けた顎下腺の摘出手術の事後確認のためです。以前脳血管の検査で受診したことがあったので、それほど緊張はなかったのですが、いざ検査場所に向かうと様子がすっかり変わっていて戸惑いました。

最初に検査を受けた時は、最短で予約が取れる日程で調べてもらったので、正月早々の朝一番の検査でした。そのせいか他に患者の姿もなく、あっと言う間に終わったように記憶していましたが、今回は受付後の待合室に5、6人が待っていました。当時よりも機械の台数が増えているのかも知れません。少し早めに受付を済ませていましたが、ほぼ予定時間に名前を呼ばれ、検査室に向かいました。

以前にCTも経験しているので、閉塞感に対する心配はなかったのですが、検査中に発せられる音については全く記憶がなかったので、「あれれ、こんな大きな音がしたっけ?」と新鮮な驚きです。何でこんな音が出るのだろうと後で調べると、強磁界の中でパルスを発生させると、音が強調されて聞こえるためとのことですが、何か騒音のストレステストを受けているような気がしました。

そんなこともあってか、検査時間は30分ほどかかったのですが、特に長いとは思わない内に終了しました。終わって検査着から着替えていると、少し不快感を感じました。受付で聞かれたので、そのままを正直に伝えたところ、看護師の問診を受けることになってしまいましたが、普段、あまりこのような症状を訴える患者はいないようです。問診の結果、少し休んでから帰宅するようにとの注意を受けましたが、それほど強い症状ではなく、首の凝りを感じていたので、その影響かも知れません。首が凝ったのは検査中、頭部が動かないように枕で固定されるのですが、姿勢が合っていなかったためではないかと思われます。

検査結果は次の診察時に教えてもらうことになっています。

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2018年6月 8日 (金)

防衛費2%問題

今朝の中日新聞が、自民党の安全保障調査会と国防部会が提言した防衛費をGDPの2%に引き上げる提言を取り上げ、批判しています。以下、社説からの抜粋引用です。

~ところが提言は「NATOが防衛費の対GDP比2%達成を目標としていることも参考にしつつ」必要かつ十分な予算の確保を求めた。「戦後最大の危機的情勢」下で、国民の命と領土などを守り抜く体制構築のためだという。

GDP比1%は、日本が専守防衛に徹するという国際的なメッセージだ。2%を参考にすると言い出せば、再び軍事大国化の意思ありと疑われても仕方があるまい。~

何かにつけて軍事大国化と批判するのはいかがなものかと思います。と、言うのは国防費がGDPの1%を超える国が多く存在するからです。各国の軍事費・国防費についてはスウェーデンのストックホルム国際平和研究所が統計を取って公開しています。

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主要国の国防費の対GDP比ですが、我が国を除く全ての国が1%を超えており、米国は3.2%、インド、フランス、韓国も2%を超えており、中国もほぼ2%の水準です。軍事大国を公言している米・ロ・中を別として、インドやフランスに向かって軍事大国化を目指しているのか、と非難することにもなりかねません。

そもそも1%以内は良くて2%はダメと言う理屈が良く判りません。あくまでも仮定の話ですが、国家予算が今の2倍になれば1%のままでも防衛予算は2倍になります。これが良いのなら、GDPの2%が許されないと言う理屈は何なのでしょうか?

北朝鮮と国境を接している韓国はGDP比2.6%の国防費ですが、同じように北朝鮮や中国、ロシアの軍事圧力を受けている我が国が、1%枠に捕らわれなければならないと言うのは、どう考えてもおかしな話です。必要な脅威に備えるために、十分な備えをすることが必要であり、そのためにどうしても必要であれば2%でも3%でも投入するのは当然ではないでしょうか。少なくともインドやフランスが非難されたと言う話は聞いたことがありません。

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我が国への侵入機を監視するE-767早期警戒管制機です。

防衛費については対GDP費は一つの指標ではあるのでしょうが、どこまでが良いとか悪いとかでなく、国民の安全を守るのに十分であるか、そうでないかの観点で論ぜられるべきではないでしょうか。

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2018年6月 7日 (木)

老舗菓子舗の創業は何故文化年間か?

昨日の続きです。京都の八ッ橋の老舗「井筒八つ橋」の創業が文化2年(1805年)、静岡の安倍川餅の石部屋(せきべや)の創業が文化元年(1804年)といずれも1800年代の初頭となっています。これには何か理由があるのではないかと調べてみました。

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かつてお菓子の原料である砂糖は貴重品だったとの話を思い出し、その歴史を調べてみました。すると、1623年に沖縄に中国から黒糖の製法が伝わるまでは全て輸入によって賄われていたことが判りました。これでは大変高価になっても不思議ではなく、庶民には高値の華であったことが、容易に想像されます。そのような中で我が国最初の練り羊羹が1589年、京都伏見の「鶴屋」によって開発され、秀吉に献上されたと言うことです。この時、甘味料として使われたのは砂糖ではなく、甘葛(あまづら)と呼ばれる蔓から抽出されたものでした。

羊羹については有名な「虎屋」は室町時代後期に京都で創業したとされ、1635年の注文書には羊羹が載っていることから、この頃既に羊羹を製造していたものと見られますが、鶴屋が開発したのと同様の製法だったのではないかと思われます。また、静岡市清水区の「追分羊羹」も寛文年間(1661~1673年)の創業とされています。

江戸時代に入り、経済が発展して庶民の生活も向上する中で砂糖の需要も増え、8代将軍吉宗は享保の改革(1716~)でサトウキビの栽培を奨励しました。したがって1716年以降に黒砂糖の生産が増大したものと思われます。あんこを使用した伊勢名物の赤福餅は、文献に初めて登場した1707年(宝永4年)を創業年としていますが、当初は砂糖が貴重品だったので今とは違い塩味の餡を使っていました。その後黒砂糖の生産が増えて価格もこなれて来たからでしょう、次第に黒砂糖に切り替えられたそうです。

サトウキビは主に沖縄や奄美地方で栽培されていましたが、やがて四国でも栽培されるようになり、更に北限とされる静岡県の西部、横須賀でも栽培されるようになりました。四国の阿波、讃岐では1700年代末までに、黒糖を精製して白い砂糖である「和三盆」(わさんぼん)の製造に成功し、更には横須賀にも伝わり、「横須賀しろ」として特産品になりました。ちなみに讃岐の和三盆の老舗である「三谷製糖羽根さぬき本舗」の創業は文化元年(1804年)です。

1800年前後に和三盆の製造が開始されたことから和菓子の製造に大きな影響を与え、多くの菓子舗が創業したと考えるのが自然です。勿論、「聖護院八ッ橋総本家」が輸入の砂糖や、甘葛を使って八つ橋を製造していたことも否定はできませんが、それを証明するものが一切残っていない以上、事実と認められないのは仕方ありません。

今日では肥満の元凶として、あまり良い印象を持たれない砂糖ですが、歴史的には様々なドラマを繰り広げていたことが判り、大変興味深く思いました。

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2018年6月 6日 (水)

京都で八ッ橋騒動

京都みやげと言えば、すぐに思い浮かぶのが「八ッ橋」です。もっとも最近では餡をくるんだ生八ッ橋の方が人気があるようです。現在15社が八ッ橋を製造販売しており、業界団体として京都八ッ橋商工業組合があります。5日、この銘菓八ッ橋の創業を巡って創業1805年の「井筒八つ橋」が不当表示だとして、「聖護院八ッ橋総本家」を京都地裁に訴える騒ぎとなりました。

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八ツ橋の起源については、琴の名手だった八橋検校にちなんで琴の形をモチーフに作られ、検校の名前を取って八ッ橋の名前になったとの説がありますが、良く判っていません。ところが、有力メーカーの一つである「聖護院八ッ橋総本家」が、創業を元禄2年、1689年としてホームページなどに記載していました。「聖護院八ッ橋総本家」は創業に関する資料については一切明らかにしていません。これに対し、京都八ッ橋商工業組合は根拠がないとして記載を取り止めるように要求し、2017年には京都地裁に中止を求めて仲裁を申し立てましたが、聖護院側の不同意によって物別れに終わっていました。

1689年創業説は、もう一社、「聖護院八ッ橋総本家」の向かい側で営業する「本家西尾八ツ橋」も1689年創業を謳っており、その根拠として文政7年に熊野神社に奉納された絵馬に「八ッ橋屋為治郎」の名があることを挙げていますが、文政7年は西暦1824年で、「井筒八つ橋」が主張する1805年よりも19年も後なので、創業を裏付ける資料としては役に立たない気がします。

さて、実はこれに似た話が、当地静岡県にも存在します。それは安倍川餅です。安倍川餅は静岡市の名産として広く知られていますが、発祥は慶長年間(1596~1615年)と言われています。安倍川餅に関しても、家康や綱吉が好物だったとの話があったりしますので、東西を問わず有名人にあやかりたいのは同じかも知れません。現在、安倍川餅の元祖を名乗っているのが創業が文化元年(1804年)と主張している「石部屋」(せきべや)です。発祥が慶長年間であれば、それから200年ほど経ってから元祖を名乗るのも、いかがなものかと思いますが、老舗であることは確かです。

それにしても発祥が江戸時代前期でありながら、今に残る業者の創業が文化年間と言うのは何か訳がありそうで、興味をそそられます。

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2018年6月 5日 (火)

枝野氏が護衛艦空母化を批判

枝野氏は3日、山梨県昭和町の講演で政府が護衛艦「いずも」の空母化を検討していることに触れ、「なし崩し的に専守防衛を超えるような装備が進んでいる。専守防衛なら要らないはずだ」と述べました。

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ヘリコプター搭載護衛艦「いずも」 (出典:防衛省)

先日も枝野氏の発言を取り上げましたが、どうも枝野氏の考えには偏りがあるようです。民主党が与党の時代には南西諸島に自衛隊を配備することを決定し、「よこしまな思いを周辺国に持たせないために海域を監視する態勢が決定的に欠けていた。配備することで一定の効果があるとの考えだった」と述べています。

中国海軍は既に空母「遼寧」を保有し、先日は2番艦となる国産空母の試験航行を開始しています。更には電磁カタパルトを備えた原子力空母を含めた空母5隻体制を目指しているとも伝えられています。我が国と中国大陸の間は最短で500Kmほどですから、我が国に空母は不要と言われ続けて来ました。では、何故中国は必要が無い筈の空母を搭載機を含めて多額な費用を投じて保有しようとするのでしょうか?

それは空母には海上のどこへでも進出ができて、そこから航空機を発進させることで周辺の空域・海域を制圧可能だからです。例えば、台湾進攻を考えた場合、中国本土から出撃するばかりでなく、南方海域から航空攻撃できることは相手の防空網に大きな負担を強いることになり、大陸側の防禦を手薄にしかねません。これは我が国に対しても同様です。

枝野氏は能天気に専守防衛なら不要のはずだと決めつけていますが、中国軍部と意見交換をして、そのような事態はあり得ないとの言質でも取っているのでしょうか。勿論そんな約束事があったとしても、実際にそれを破って相手国に侵入する先例を我々は日ソ不可侵条約で体験しています。

相手の意思ではなく、能力に備えるのが安全保障の要諦です。持論展開も結構ですが、立憲民主党自体が多くの国民の支持を得ていない現実を見て、不支持の理由を分析することが求められるのではないかと思います。

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2018年6月 4日 (月)

陸自の新型装甲車の開発が白紙に

今朝の中日新聞が陸上自衛隊の新型装甲車の開発が中止になったと伝えています。この情報については、ここ何日か様々なメディアで伝えられていましたので、ネットでも話題になっていました。

陸上自衛隊は隊員を安全に輸送するために96式装輪装甲車を400両近く運用しています。元々国内での運用を前提に開発されたものですが、PKO任務などで海外に派遣されることも増えていますが、この間IEDなど開発時には想定していなかった脅威が現れるなどしているため、新たな車両を必要として開発をしていました。

新型車両は総理装甲車(改)の名前で小松製作所が試作を受注し、5両が昨年の1月10日までに防衛省に納入され、各種試験が行われていました。その結果、昨年末の12月26日になって、防弾性能が要求を満たしていないとしてコマツに改善を要求したと公表されていました。

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コマツが納入した装輪装甲車(改) (出典:防衛省 報道資料より)

昨年末に公表された事実が何故今になって再度報道されることになったのか、記事では触れられていませんが、恐らくはコマツがギブアップし、開発から撤退を表明したので、代わりのメーカーに乗り換えざるを得ない事態になったためではないかと推測されます。

装甲車両については三菱重工が戦車などで実績があり、装輪車両でも16式機動戦闘車や自社開発で8輪式の装輪装甲車の開発を行っていますので、後継メーカーとして有力視されています。

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16式機動戦闘車。 (出典:防衛省)

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二重投稿

昨日の記事が二重投稿になっていました。実は、帰宅してから色々と悩みながら記事を打ち込んで、さあ投稿となった時点でPCがフリーズしてしまい、しばらく様子見したのですが、投稿に失敗したと判断されたので、がっかりしながら記憶をたどって再打ち込みをして投稿したら、今度は一回で成功しました。それ以降、確認をしなかったのですが、時間を置いてチェックしたら何と最初の記事もアップされていましたので、最初の方を削除しました。

以前も同じようなことがありましたが、最近はPCのせいなのかフリーズが多発して困っています。いつも、下書きなしで直接打ち込んでいますので、細かい言い回しが違ったり、論点が変わってしまうように見えることがあるかも知れませんが、このような事情なので、どうかご理解の上、ご容赦頂けますようお願いいたします。

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2018年6月 3日 (日)

浜松城発掘調査説明会

本日午前、浜松城の発掘調査で見つかった石垣が、露出展示用に整備されたのと最新の発掘調査の説明会が開かれたので行って来ました。

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浜松城へはいつもはマイカー利用なのですが、本日はイベントで駐車場が閉鎖となっていますので、駅まではバスを利用し徒歩で向かいました。途中でリニューアルされたマンホールを見つけたのでパチリ。

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今日の浜松城。すっかり夏の装いです。

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本日お披露目された発掘された石垣の露出展示部分です。浜松城跡は現在浜松城公園として公園化されていますが、その過程で遺構の一部が破壊されてしまいました。この石垣ももっと左側まで続いているそうです。

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2015年8月に発見された当時の石垣の様子です。

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発掘で見つかった文化財は、保護のために埋め戻されることが多いそうですが、今回は市民の目に触れるように、露出したまま展示することになり、周囲を補強しています。また、石垣の上部は遊歩道の整備の過程で失われてしまっていたので、おなじ石材で積み増しされました。少し小振りな石を使っていますので、境界がぼんやりと分かるかと思います。また、石垣の下部は補強のために少し盛り土されています。

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新たに積み増しされた石垣部分。奥の方にシートが見えます。これは決して手抜き工事などではなく、旧来の石垣との境界にシートを敷いた結果だと言うことです。

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本日の説明会の目玉です。今年1~3月の発掘調査で江戸時代以前の瓦が大量に見つかっていますが、櫓があった根拠の一つとして、周囲から少し飛び出している、この石垣の形状が挙げられるとのことです。この場所は2枚目の写真の白い幟(のぼり)が立っている所です。

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浜松城天守曲輪実測図です。 (出典:浜松市文化遺産デジタルアーカイブより)

図の右下、天守曲輪の南東の隅が少し出っ張っています。ここが上の写真の位置です。このような出っ張りを出隅(ですみ)と言いますが、ここに櫓が建っていたのではないかと考えられています。(青い部分)今年の夏にこの場所を発掘して調査を行うことが決まったとのことです。

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2018年6月 2日 (土)

梅雨入り前の青空

今日は晴れて夏日が予想されています。梅雨入り前の貴重な晴天なので、どこかの山にでも行きたい気分ですが、残念ながら仕事のある日なので、この後出勤です。

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ちょっと露出を絞り過ぎてしまいましたが、クチナシが花開いていました。独特の甘い香りが何とも言えません。

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クチナシが咲けば梅雨入りも秒読みです。

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アジサイも益々色鮮やかになりました。

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2018年6月 1日 (金)

アクセス数が急増、一体何が?

昨日のアクセス数が295と急増しました。本日も既に55アクセスを超え、ハイペースのアクセスが続いています。5月の一日平均のアクセス数は125でしたので、295は約2.4倍もの急増です。

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ココログ機能のアクセス数表示画面をコピーして加工したものです。

一番少ないアクセス数だったのが5月4日の73でしたが、これの実に4倍のアクセス数です。アクセス数は毎日一定ではなく、変動がありますが、それでも200を超えることはめったにありませんので、正直何が起きたのか戸惑ってしまいました。

昨日はキヤノンのフィルムカメラの販売終了の記事でしたが、ブログの読者は私よりもはるかに若い方が大半なので、正直これほどの関心を呼んでもらえるとは思いませんでした。もしかしたら何か別の注目されるキーワードがあったのかも知れませんが、何がなんだか判りません。

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気を良くしたので最初のデジカメで撮った写真をもう一枚です。

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