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2019年8月30日 (金)

文大統領は歴史捏造者

最近の韓国情勢を見ると、GSOMIAの破棄をめぐって事前に米国の了解を取ったと政府高官が発言し、米国から嘘だと言わんばかりの反論を受けるなど、韓国政府の統制が取れておらず、全くの野放し状態で政府の体をなしていないように感じます。昨日も文大統領が日本に対する発言をしましたが、もっぱら国内に向けて反日世論を煽っているようにしか感じられませんでした。文氏は、自身の側近のスキャンダルから国民の目をそらすために、敢えて反日を煽る言動をしているのではないかと韓国側の見方もありますが、もしそれが事実であるなら、保身のために隣国を侮辱した訳で許されることではありません。文氏の発言の一つ一つに反論しても仕方がないのですが、一つだけ、どうしても反論しておきたいことがあります。それは竹島に関する下りです。以下発言の引用です。

~「日本の帝国主義による侵略により最初に犠牲になったのに、日本は自国領土だと根拠のない主張をしている」~

竹島が日本固有の領土である証拠は多数存在しますが、逆に竹島が韓国に属していた証拠は存在しません。韓国は古くから鬱陵島を領有し、その東方に存在する小島を竹島だと強弁していますが、古文書上でしか存在が証明できず、しかも実際の位置も距離も実態と合致しません。(ある文書では鬱陵島の北東20Kmとなっていますが、実際は東南東に92Km離れています)ある絵図では鬱陵島の西側に描かれていることさえあります。そもそも鬱陵島は元々は有人の島でしたが、治外法権のようになったことから1417年から1882年まで、無人化政策が取られていました。また、李氏朝鮮時代には日本海に漕ぎ出せるような大型船を造船する技術もありませんでした。現在でこそ造船大国となっていますが、それは戦後の我が国の援助によるものです。古くから釜山と対馬などの島伝いに往来した交流はありましたが、このルートは小舟でも航海が可能です。我が国はと言えば、ルソンなど東南アジアと交易する大型の帆船を建造する能力を持っており、秀吉による朝鮮遠征も、大量の軍船を造船する能力があればこそでした。

そのような貧弱な海運状況下だった李氏朝鮮が竹島を発見し、領有できるわけがありません。逆に我が国は無人となった鬱陵島を鳥取藩が領有し、漁猟をしたり竹を採取したりしていました。この時、経由地として竹島を経ていましたので、方位・距離は正確に把握していました。

Photo_20190830092301

写真は1775年に作られた詳細な日本地図である赤水図ですが、これにも竹島が描かれています。一方の韓国側の地図は絵図面の域を出ず、島の位置や方位、形も客観性が見て取れません。江戸時代、明治時代を通じて竹島を一貫して領有してきたのは日本であり、島における漁業の様子を写した写真など資料多数が存在します。それらの経緯の上で1905年に領有を閣議決定したものです。一方の韓国は、伝聞などを記録した古文書ですが、他の島を誤認したとしか思えないもので、このような物証を一切示せていません。

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鬱陵島と竹島の位置関係です。  (国土地理院の地理院地図を加工)

韓国が主張する于山島なるものと実際の竹島はこのように離れています。我が国が、隠岐から鬱陵島に渡るのに竹島を経由したのは至極当然ですが、逆に当時無人となっていた鬱陵島から、はるか離れた竹島を韓国の漁民が発見できたとは到底思えませんし、それほど航海術に長けた者が、方位や距離をこれほ誤っていることの説明が付きません。(これだけ違っていれば、二度とそこに行くことはできません)

文氏が国内向けに何を言おうと勝手ですが、歴史的な事実と異なる内容をもって我が国を誹謗中傷するのは失礼極まりなく、迷惑千番で、歴史の捏造者と言う他はありません。

 

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