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2020年1月21日 (火)

郷土史教育は大切

  小学生時代、社会科の一環として明治以降の郷土の変遷を副読本を使って学んでいました。ところが、その後広域合併により郷土の範囲が広がってしまい、知識が追い付かない状態となってしまっています。例えば、浜松市の市の境となって一級河川の天竜川ですが、郷土の偉人である金原明善(きんぱらめいぜん、1832~1923)が、私財を投げ打って行った堤防の補修や補強、大規模な治山事業については知識としては知っていましたが、個々の地区がいつ頃に整備されていったのかについては全く知りませんでした。

先日、とある会合で天竜川の伏流水の話題になり、改めて天竜川について知りたいと思っていたところに、更にあるきっかけがあって調べることになりました。現在の天竜川は河口から山間部の天竜区まで強固な堤防が連続していますが、この堤防が完全に締め切られたのは意外に遅く、昭和20年になってからです。また、対岸の磐田市掛塚地区が天竜川の支流によって輪中のような地形だったことも初めて知りました。今からたかだか75年ほど前のことなのですが、行政区域が違うことで、このような情報が全く伝わって来ませんでした。これを機に、改めて郷土の歴史について学び直そうと思っています。

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天竜区西鹿島、浜北区中瀬付近です。

Photo_20200121081102

天竜川河口部分です。共に明治期に作られた「静岡県館内全図」を加工したもので、赤と黄色の太線が仕切られた堤防部分です。

今では想像も付きませんが、いくつもの輪中が昭和の時代まで存在していた様子が判ります。社会科の授業で学んだ輪中が、比較的最近まで天竜川にも存在していたことは大きな驚きです。

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