時は過ぎてゆく

ソフトバンクがまたやってくれた。白い犬のお父さんが登場するシリーズ物のCMは、コミカルの中にほろ苦さが散りばめられていて、ついつい面白く見てしまう。今回は若尾文子扮する母親が住む実家に妻を伴って帰るのだが、BGMとして金子由香利の「時は過ぎてゆく」が流れている。
この曲、脚本家倉本聰の映画初監督作品「時計 ─Adieu l'Hiver─」に使われていたものだ。ドラマ「北の国から」にハマってしまった若かりし頃の私は、勿論映画館に足を運び、サントラ盤のアルバムも買ってしまった。この映画も随分とほろ苦いストリーだったっけ。

白戸家のお父さんが過去を辿って実家を訪ねる、そのシチュエーションだけでも訳ありを感じてしまうが、歌詞の内容も当時の倉本氏の年齢を上回ってしまうと余計に重たいものを感じてしまう。
       

♪ 私は唄う あなたのために  時は時は あまりに短い ♪

思えば私にとっても随分と長い時間が過ぎてしまったものだ。それにしても作詞・作曲がジョルジュ・ムスタキだったのを今の今まで知らなかったのは不覚だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

森の水車

浜松市西区伊佐地町に「森の水車公園」があり、水車が回っています。時々車で通りかかって存在は知っていたのですが、今まで立ち寄ったことがなく、先日初めて訪れて名前の由来を知りました。水車があるから水車小屋公園と名付けられたのだとばかり思っていましたが、事実は全く逆でした。この公園は歌曲「森の水車」にちなんで命名されたもので、作詞者清水みのるは地元旧伊佐美村(現伊佐地町)の出身です。中学校の音楽の教科書に掲載されていたと記憶していますが、まさか地元出身とはついぞ知りませんでした。

毎年秋には「伊佐美ふれあい水車小屋コンサート」が開かれ、多くの参加者を集めているそうですが、清水みのるについては地元浜松市でももっと知られて良いのではと思った次第です。

Ts3n0020

緑の森の彼方から~♪と歌詞を彷彿させる佇まいですが、航空自衛隊機の離陸コースに近いので、訓練のある平日はイメージが損なわれることがあり、残念です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

春一番

4日は立春ですが、梅の開花が目立つようになってきました。梅が咲くと春を感じる人も多いと思いますが、年明け早々の寒さが厳しい時に咲き始める木もあるので、春を告げる花としては少し早い思いもあります。私が春を感じるのはこの花です。

P2023138

今日、庭にフキノトウを見つけました。私にとって春が実感できる春一番は、やはりこの花です。

P2023140

たった1つだけでなく5、6個一斉に顔を出していました。どうして2月になったのが判ったのか、実に不思議です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

大寒

今日は大寒、一年中で一番寒い頃と言われています。地球は太陽の日射しによって暖められていますから、昼が最も短い冬至の方が日射量が少なくて気温が下がりそうなものですが、実際は冷却に時間がかかるため、この時期が一番寒くなるのだそうです。

また、日の出の時間も冬至から半月過ぎた頃が一番遅くなりますから朝の気温が低いのも頷けます。立春は来月5日なので暦の上とは言え春が来るのはもう少し先となりますが、寒さに負けずカラ元気で頑張りたいと思います。

P1173090

先日の登山の時の一コマ。水場の沢も寒さでしぶきが凍っていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

おめでとうございます

あけましておめでとうございます。

旧年中は当ブログをご愛読頂きありがとうございました。

本年もどうぞよろしくお願い致します。

Photo

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

里の秋

今日から師走。一雨毎に朝の冷え込みが厳しさを増して、冬の到来が近いことを感じています。当地では今度の週末が紅葉狩りの最後の機会になりそうです。

Pb262769

先日家の近くでこんな風景を見かけました。のどかな風景に思わず写真にしてみました。

Pb262770

かつては刈り入れた稲を天日で乾燥してから脱穀したので、稲藁はそのまま収納出来ました。今ではコンバインで生えたままの稲を脱穀しながら刈り取るので、再利用するために後から乾燥が必要です。

最近遊休地を含めて農地の宅地化が進んでいます。この風景もいつまで見られるか分かりません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

城の秋、浜松城

紅葉前線も平野部に達したので、紅葉に彩られたお城を見ようと浜松城を訪ねました。今年は台風の襲来があった影響か葉の無い木々が多く、ちょっと寂しい紅葉でした。

Pb262742

今は市役所駐車場となっている二の丸からの天守です。

Pb262744

徳川家康の銅像が立つ本丸跡の銀杏です。城には銀杏が良く似合います。

Pb262745

銀杏の葉が黄色いじゅうたんになっていました。

Pb262758

浜松城は明治の廃城令によって、残存した建物は壊され、本丸以外の遺構が失われてしまいました。現在の天守は戦後になって鉄筋コンクリートで建てられたものですが、資料が乏しく当時どのような天守があったのか判っていません。

Pb262749

天守門の礎石。浜松市では明治維新まで存在した天守門と富士見櫓を木造で再建する計画で、現在遺構を発掘調査をして正確な位置や規模などを確認しています。

Pb262763

浜松城では石垣の大規模な破損は発生していませんが、今夏の地震では駿府城で石垣の崩壊が発生しています。研究者によれば内圧によって膨らんだ箇所が危ないとのことですが、天守台南面に膨らみが見られました。築城から430年あまり、流石にメンテナンスが必要なのかも知れません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

恐れ多い話

今回は堅い話で申し訳ありません。先日天皇・皇后両陛下のご成婚50年と即位20年の祝賀行事が行われました。その中での記者会見で皇位継承に触れた質疑がありましたが、ここでも我が国の事なかれの主義が情けなく思われました。高齢の陛下にとって皇位継承問題は一番の懸念事項ではないかと思われます。次期天皇には皇太子が即位するとして、問題はその次です。現行の皇室典範では皇位継承順位が最上位の男子と言うことになっていますので、該当するのは秋篠宮家の悠仁親王となります。ではその次はとなると、現状では誰もおらず、悠仁親王に親王が授からなければそこで男系は途絶えることとなってしまうのです。

何故こんなことになってしまったのでしょうか?それは敗戦後皇族の宮家が整理されて縮小した結果、秋篠宮誕生以来40年間皇室に男子が誕生しなかったからです。今のままであれば、内親王はいずれ臣籍降下して一般人となってしまうため、秋篠宮家以外の宮家は遠からず消滅してしまいます。一部には男系天皇制を絶対視する勢力がありますが、木を見て森を見ようとしない考えです。現在国民の多くは天皇制の存続を望んでいますが、残念ながらその将来は実に暗いとしか言いようがありません。政府はこの問題への深入りを恐れてその都度先送りにして貴重な時間を浪費してきてしまったのです。

高齢となった天皇が皇室の行方を案じなくて済むよう、政府は一刻も早くこの問題を解決しなければなりませんが、鳩山首相は先を急ぐ考えではないようです。しかし、問題解決までに残された時間はそんなにありません。手遅れとなって混乱を招かないよう政府の決断を期待します。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

三遊亭円楽力尽く

人気番組笑点の司会を長く務めた三遊亭円楽が肺がんのため、29日に亡くなりました。若い頃は星の王子様のキャッチフレーズでお茶の間の人気を欲しいままにしましたが、気骨の師匠6代目円生が落語協会の方針に反旗を翻して協会を脱退すると、師匠と行動をともにして苦難の道を歩きました。落語協会を脱退後は寄席を閉め出されてホールでの高座を余儀なくされましたが、どのような縁か私の住む町で円生とともに高座を務めてもらったのが、一生の思い出として思い出されます。若い頃は軽妙話で笑いを取り、後年は人情噺を演じるなど幅の広さも円生譲りでした。

来年には楽太郎に6代目円楽を継がせる運びとなっておりましたが、襲名披露の席に立つことが出来なかったことがさぞ心残りだったと思います。今後は総領弟子の鳳楽が円楽一門会会長として一門を率いることとなりますが、円生を鳳楽にとの思いがすんなりと運ぶかどうかはかなり微妙になってしまったと言わざるを得ません。

テレビではいつも笑顔、笑いを絶やしませんでしたが、航空機の事故で実妹を亡くされた時の沈痛な顔が忘れられません。師匠円生の意地から落語協会を脱退することになってしまい、円生亡き後は総帥として多くの弟子の将来に責任を持つ立場を余儀なくされましたが、師匠同様決して生き方を曲げることはありませんでした。粋でありながら不器用な生き方を押し通した生粋の江戸っ子と言えるでしょう。心からご冥福をお祈りいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

あの素晴らしい歌をもう一度

加藤和彦氏が亡くなりました。状況から自殺と見られていますが残念でなりません。ミュージシャンとして多くの作品を残しましたが、中でもイムジン河が忘れられません。帰って来たヨッパライで一世を風靡したフォーク・クルセダーズでしたが、一転して哀調を帯びた美しいメロディでいっぺんに好きになりました。当時の社会状況に押しつぶされて発売中止となってしまいましたが、大人の世界の汚さを強烈に思い知らされた出来事でした。後になってこの曲の譜面を逆に弾きながら作ったのが悲しくてやりきれないと知って、曲から感じる言いようのない哀しさの根源を知った思いがしました。

青春時代に彼の作品を聞き、人生の思い出と共に懐かしく思い出す人が少なくないと思います。さらに時が流れても残された素晴らしい作品はいつまでも人々の胸に残ることでしょう。今は安らかにお眠り下さい。心よりご冥福をお祈り致します。

Pa112459_2

| | コメント (3) | トラックバック (0)
|

より以前の記事一覧