時効の廃止に賛成

法務大臣の諮問機関である法制審議会が、死刑に相当する罪について時効を廃止する法案の骨子をまとめ、今国会での成立を目指す方向であることが伝えられました。現在我が国では最重大犯罪である殺人罪でも15年で時効となってしまいますが、米国では殺人罪に時効は成立しないと言われています。殺人罪の時効については、これまで様々な事件で話題になりましたが、私には次の二つの事件が印象に残っています。

一つ目はいわゆるロス疑惑です。三浦和義容疑者による米国での女性連続殺人事件として騒がれ、紆余曲折を経ましたが1981年の妻殺害容疑で日本の捜査当局に逮捕されました。結局日本では有罪となりませんでしたが、その後も米国側の捜査は継続し、2008年サイパンに滞在中に逮捕し、ロサンゼルスに移送されました。三浦容疑者は観念したのか留置場で自殺してしまいましたが、もうひとつのロス疑惑と言われた知人女性殺人の殺人罪で起訴される予定であったことから、こちらの事件を苦にした可能性もあります。

二つ目は東京の女性教師殺人事件です。これは1978年に小学校に勤務していた女性教員が警備員の男に校内で殺害され、遺体をコンクリート詰めにされて男の自宅の床下に隠匿されたものです。当時男の自宅は道路建設による立ち退きを迫られており、工事によって遺体が発覚することが避けられなくなったので、時効成立をこれ幸いと出頭して事件が明るみに出たものですが、半ば開き直った殺人宣言とも言える所業でした。
男は時効を盾に取材陣の問いかけにも全く反省の色は見られず、無念の思いが募る遺族が起こした民事の訴訟にも応じようとしませんでしたが、結局2009年に最高裁が男の殺人と遺体隠匿による不法行為を認定し、時効の除斥期間を認めずに4255万円の支払いが確定しました。

良く犯人は長期間逃亡するによって心身ともに十分な責めを受けたのだから、一定期間後は罪を許し、捜査に区切りを付ける方が合理的だとの話を聞きますが、とんでもない話だと思います。良心の呵責があるのなら当然自首をする筈であり、そうしないのは逃げ切ることによって、不利益を被らないためとしか思えません。
また捜査当局にいつまでも同じ陣容で捜査を続けろとは言えませんが、捜査技術の日々の進歩によって従来は検出出来なかったDNAや微物の精密鑑定が可能になり、今後もさらなる進歩が期待できることから、将来における事件解決の可能性が高まっています。

そんな時肝心の起訴が時効によって為し得ないと言うのは司法の怠慢です。1日も早く掲示訴訟法の改正を行うべきだと考えます。また、警察は未解決事件を一元的に管理して、個々の事件における問題点をデータベース化し、ある技術の進歩によって同じ手法で解決できる事件が他にもないかを横断的に検索するシステムを構築し、未解決事件を減らす努力が必要ではないでしょうか。

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社会的コスト?

千葉県松戸市の女子大生殺人放火事件で、ATMから現金を引き出した48歳の男が特定され重大な局面を迎えています。容疑者は強盗その他により服役して今年9月に出所、直後から入浴施設に宿泊しながら強盗等を繰り返していた模様です。刑法犯罪者の再犯が問題になっていますが、出所早々に凶悪事件を引き起こしていたことになり、服役が犯罪の抑止力になっていなかったことになります。我が国は犯罪の処罰が甘いと言われますが、この方面の検証も必要だと思います。

一方、高齢の出所者が頼る身寄りもなく、微罪繰り返して刑務所暮らしを希望する事件も後を絶たないようです。新卒者の就職口さえ見つからない昨今、元服役者と言うハンディを持つ高齢者が定職に就くのは至難のことです。先の容疑者の場合、どこまで就職の努力をしたかは判りませんし、もしかしたら最初から働くつもりなど無かったのかも知れません。

しかし、刑期を終えて、行く当てもなく寒空の下に放り出されるのも大いに問題なのではないでしょうか?刑務所では出所後の職業訓練が行われていますが、就職や住居の支援は行われていないようです。犯罪者はもちろん悪いのですが、生活の手段が見つけられずに犯罪に走るのは社会の仕組みにも問題があると思います。

出所者の生活を保証することは被害者の立場からすれば許されるものではないのでしょうが、生活困窮者による新たな犯罪を引き起こさないためには社会としても何らかの方策が求められるのではないでしょうか?

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凶行 

東京秋葉原で通行人7人が刺殺される悲惨な通り魔事件が起きました。25歳の犯人(本来容疑者の立場ですが、犯行が明白な為こう記します)は世の中が嫌になり、誰でも良かったと動機を述べているようですが、こんな身勝手な理屈で一方的に殺されてしまっては被害者は本当に浮かばれません。過去の類似犯罪同様、死刑を望むかのような自殺願望の変形とも言える大量殺戮です。私は犯罪抑止の観点から死刑肯定派ですが、この種の事件に対して無力なのがなんともやり切れない思いです。

現在刑法では刑罰として体罰を加えることを禁止していますが、仮にこの犯人に対して究極の刑罰として死刑が下されようと、おそらく自身は何の痛みも感じることなく刑が執行されて行くことでしょう。近代刑法に反する考え方かもしれませんが、このような被害者の人権や人命を全く省みない犯罪者に対しては、多大な苦痛を与える刑罰を課さないと反省の心情は生まれてこないのではないでしょうか。

路上に多くの被害者の方々が横たわっている映像の後で、逮捕された犯人の手錠姿にモザイクがかけられていました。人権への配慮と言うことなのでしょうが、理不尽としか言いようの無い理由で無念の死を遂げた被害者を多数出した中でこのような処置が必要なのか強い違和感を覚えました。

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少年法を見直せ

26歳になるJリーガーが窃盗容疑で逮捕されましたが、氏名が公表されません。犯行当時未成年だったと言うのが理由のようですが、釈然としません。逮捕が未成年の時であれば保護の観点から非公開も納得できますが、成人に達していれば社会人として公表されても止むを得ないのではないでしょうか。刑事事件の実名報道については警察とマスコミとの間に意見の相違もありますが、今回はクラブ側も非公開とするようです。

先の光市母子殺害事件の被告も犯行および逮捕当時未成年と言うことで、「元少年」などと訳が判らない呼称で呼ばれていますが、無罪や執行猶予が予想される場合はともかく、事件の重大性からして成人に達した時点で氏名、顔写真の公開も当然ではないでしょうか。仮に裁判が長期化した場合、中年になった被告がいつまでも少年法で保護されるのは如何なものでしょうか。少年法の名の下に行き過ぎた配慮としか思えません。

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奇妙な果実?

米国で2006年に結婚を翌日に控えた銃を持たない23歳の黒人青年に対して、50発以上の銃弾を発射して死亡させた3人の警察官に対して裁判所が無罪の判決を下しました。青年の側にも警察車両に車をぶつけるなどの逃亡の意志が見られたのは事実ですが、白人の警察官が30発以上の銃弾を浴びせているのは異常としか言いようがありません。警官が発泡したのが拳銃であるとの記述はありませんが、通常警察官が所持しているオートマチックの拳銃の弾槽は8~9発程度です。30発発射する為には3回以上弾槽を交換する必要があります。発泡してこない相手に対して50発以上の銃弾を発射する事態は尋常ではありません。

裁判所は警察官の違法性を確認出来ないとしていますが、どうみても合点が行きません。丸腰の相手に対して50発以上の銃弾を浴びせるなど言うのは過剰反応を通り越しているとしか思えません。その昔まだ黒人に市民権が認めていなかった時代、白人によって私刑で縛り首にされた黒人が木に吊るされ、その姿がまるで果実のようだとして「奇妙な果実」と呼ばれたそうです。21世紀の今日、まるで西部劇の時代そのままのバイオレンスがまかり通っているのでしょうか?米国民の反響が気になります。

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終焉

今日、光市の母子殺害事件で当時18歳の被告に対して死刑の判決が下されました。被告の生い立ちに対して一定の配慮がなされるべきとの主張はもっともだと思いますが、被告の犯した犯罪はあまりにむごく卑劣なものでした。加えて差し戻し審においての弁護側の荒唐無稽な主張に対しては国民的な怒りさえ呼び起こしたとさえ言えると思います。

弁護側は本日の判決に対して被告の立場を無視したとの趣旨の抗議のコメントを発していますが、では反論することもかなわない殺害された被告の立場についてはどうなのでしょうか。少なくともマスコミ報道による限り、自分の立場については抗弁しますが被害者の無念さについての謝罪、贖罪の思いは全く感じられません。本来は秘匿すべき遺族に対する反省の念を込めたとされるを書簡を一方的に公開するなどは、己の立場をより良く見せようとするパフォーマンス以外の何物でもありません。もし衷心からの行為であるならば、遺族が開封を拒んだ時点で公表など思いさえする筈がありません。逮捕後に被告が友人達に宛てた犯行を是認する書簡こそが彼の本心であると思われます。

人権派と証する弁護士達は一体何を守ろうとしているのでしょうか。被告は少年犯罪の加害者の権利が侵害されることを訴えていますが、本来守られるべきは犯罪の被害者となってしまった方々の権利でこそある筈です。被告が権利を主張するのは結構ですが、一方的に損なわれた被害者の権利に対してどのように贖罪するのかの弁が一向に聞こえてこないことに対して、弁護団の主張がすべて虚構の空言に聞こえてなりません。被告の弁護をするの職務上当然かも知れませんが、被害者の尊厳の確立と謝罪の念の感じられない主張など100万遍繰り返されても1mgの重みさえ感じられません。

事件発生以来マスコミに注目され続けたこの事件、被告側は即日最高裁に控訴しましたが最高裁から最戻しを受けた経緯から見てどうなのでしょうか。我国は三審制なので権利として認められてはいるのですが、得るべき結論を得て幕を引くことになるのではないでしょうか。

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鹿児島県警は恥知らず集団か

鹿児島県で選挙違反があったと言う警察によるでっちに対して冤罪が立証された志布志事件について、例の法務大臣が妄言を吐いていますが、更に鹿児島県警が志布志事件の捏造によって受けた表彰を返上しないと明言しています。又、取調べ中に容疑者の家族の名前を踏ませた踏み字事件の容疑について立件された容疑者は容疑について秘にしたままです。鹿児島県は我国の近代化において倒幕の功績によって警察組織の中核となりました。また、薩摩人の心意気として薩摩隼人という言葉がありましたが、とんだお笑い種だと言うことが判りました。

こんな鹿児島県警幹部の存在をどう思うのか、心ある鹿児島県人に問いたいと思います。

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君はどう生きるのか?

裁判の記事に目が止まりました。法的責任はともかく人としてこの被告はどう生きていくのでしょうか。

>大津市で2001年、少年2人から暴行を受けて死亡した定時制高校1年青木悠さん=当時(16)=の母親が、現場にいた別の元少年3人と両親に計3000万円の損害賠償を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第1小法廷(横尾和子裁判長)は28日、「暴行を制止し、救護措置を取る法的義務はなかった」と述べ、請求を退けた1、2審判決を支持し、母親の上告を棄却した。母親の敗訴が確定した。
 同小法廷は、元少年らが加害少年らの仕返しを恐れていたと認定。「悠さんが死ぬかもしれないとの認識があったとしても、仕返しの恐れを克服し、救急車を呼んだり、第三者に通報したりする法的義務はなかった」とした。

目の前で人が傷つき、息を引き取ろうとしているのに、報復を恐れて放置し被害者を救護することに法的義務を認めなかった司法は教条主義の大馬鹿者だと思いますが、被告達は今後どのような人生を送るつもりですか?君達が愛しいと思う人が蹂躙された時も果たして同じようにただ傍観するのですか、人間として。

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南大門焼失の何故

韓国の国宝第一号となった、1398年建立のソウル市最古の木造建築物である南大門が10日夜の不審火によって全焼してしまいました。驚いたことに夜間に警備員が常駐せず、火災報知器もスプリンクラーも設置されていなかったそうです。また市民の通報によって直ぐに消防車が派遣されましたが、有効な消火活動が行われず多くの市民が見守る中、炎上し続けた末に倒壊してしまいました。

我国でも1949年に失火によって法隆寺金堂壁画を、翌50年には三島由紀夫の作品のモチーフとなった金閣寺が放火によって失われ、文化財保護法が制定されて貴重な文化財に防火体制が敷かれるきっかけとなりました。第二次大戦末期の45年5月には米軍の空襲によって国宝の名古屋城の天守閣を初めとする多くの貴重な建造物を失ってもいます。

東アジアには木造の歴史的建造物や仏像が多数残されていますが、火災による損傷が懸念されています。隣国である韓国は当然これらの経緯を知って細心の配慮がなされているものと思いましたが、残念ながら我国の失敗の歴史から学んでいなかったようです。民族の誇りである貴重な文化財を失ってしまった韓国国民には大いに同情しますが、我国も今回の事件を他山の石として、より一層文化財の保護に当って欲しいものです。

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食の安全について

冷凍ギョーザに農薬が混入していた事件が拡大しています。従来報道されていた12月初旬の製造分だけでなく、9月製造分からも微量ながら農薬が検出されたようです。今回の混入濃度が非常に高いことから、原材料の残留農薬ではなく農薬そのものが混入されたされたようです。どうも事故ではなく、事件の様相が強くなってきました。

今回のメタミドホスは常温では野菜の腐敗臭のような異臭がするようですから、おかしいと思った食品はまず口にしないと言うのが大原則です。日本人は大手メーカーが販売しているものはすべて安全と信じ込んでいますが、(本当はそうであるべきですが)過去の食品偽装事件が示している通り絶対ということはありません。農産物の残留農薬や薬物の蓄積についての検査についても流通量に対して非常に少ないサンプルしか確認できていないのが実情です。このような検査にはコストがかかりますからその費用を誰が負担するかと言うことも切実な問題です。

外国産の食料品が全て危険だとは思いませんが、最近国内では生産者の氏名や顔写真が表示された農産物が販売されているのも安全を求める消費者の意向と無関係では無いと思います。原料である野菜や食肉と加工食品とでは起こりうる事柄も違うとは思いますが、まずは安全が確認できる物を選択するというのが安心して暮らす第一歩ではないかと思います。地域によっては全てを賄うことは出来ないことだとは思いますが、地産地消の実行と言うこともひとつの考え方ではないでしょうか。

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