2018年9月29日 (土)

米国でF-35Bが墜落

現地時間の28日午前11時45分、サウスカロライナ州ビューフォートで海兵隊のF-35B戦闘機が墜落しました。パイロットは墜落前に座席ごと射出され、救助されて病院で検査を受けていると言うことです。

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着陸態勢のF-35B戦闘機です。 (出典:在日海兵隊ホームページ)

最新鋭のステルス戦闘機であるF-35は空軍仕様のA型、海兵隊仕様のB型、海軍仕様のC型と3種類のタイプがありますが、F-35としてこれまで墜落事故はありませんでした。残念ながら、航空機は飛行する限り事故は避けられません。現行機種のF/A18戦闘機はA型からD型が1480機、E型からF型が500機ほど製造されましたが、合わせて17回、20機が墜落しています。(事故件数と墜落機数が違うのは3件の空中衝突事故を含むため)

一方のF-35は現在までに280機ほどですが、これが初めての事故となりました。新型機は、予見出来なかった機体の不具合や訓練不足によって事故を起こすことが一般的です。近年は機体の状況のチェックや、操縦の補助をコンピューターが行うことで、従来よりも安全性が高まっていることが事故の軽減につながっているのではないかと考えられます。

最初の垂直離着陸機であるホーカーシドレー・ハリアーは281機製造されましたが操縦訓練で最初の4年間に、墜落により45名のパイロットが死亡しています。(ハリアーには訓練用の複座型があるので死者数イコール墜落機数ではない)

今回の事故原因については現在の所何も伝えられていませんが、墜落場所が陸上なので、機体を回収して調査することが可能です。この事故によって、他の機体について飛行停止の措置が取られていないことからも、機体構造に関する問題ではないように思われます。

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2018年8月15日 (水)

周防大島の不明男児を無事発見

12日から山口県周防大島で行方不明となっていた2歳の男児が、今朝無事に発見されました。発見されたのは滞在先の祖父の家から林道を500mほど登った山中の沢の中でした。付近は樹木が濃く、直射日光を遮っていたことや、沢には冷たい流水があって、気温の上昇が抑えられたり、水分を補給できたことが生還につながったのではないかと考えられます。

発見したのは大分県から来た78歳の男性で、本人によれば捜索開始からわずか20分で発見できたと言うことです。今回の件では連日大勢の警察官によって捜索が行われ、発見場所についても捜索が行われていたとのことですが、わずか2歳の幼児が身を隠すほどの俊敏性があるとも思えず、この点については疑問が残ります。

今回はたまたま外部の第三者によって奇跡的に発見されましたが、もしこの男性が現れなかったら、捜索の盲点となって最悪の事態に陥った可能性もありました。捜索ではドローンや警察犬も動員されましたが、結果的に効を奏しませんでした。見つかって良かった、良かったではなく、何故発見できなかったか、どうすればもっと早く発見できたのかを検証しなければなりません。

先日、米国では牧場に逃げ込んだ車泥棒が、牛に追われて逃げているのを赤外線カメラを搭載した警察のヘリが発見して逮捕する映像が報道されました。米国ではこのように、赤外線のカメラで上空から犯罪者を発見して逮捕する映像が良く報道されます。翻って我が国では、警察ヘリにこのような機材が搭載されていることを聞いたことがありません。大阪富田林の逃亡犯もまだ見つかっていませんが、こうした科学の目を導入する時期に来ているのではないでしょうか。

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2018年8月11日 (土)

墜落防災ヘリの救助が難航

昨日墜落した群馬県の防災ヘリの救助活動が難航しています。9名が乗り組んだ群馬県の防災ヘリ「はるな」は昨日午前10時頃に志賀高原の横手山付近の東斜面に墜落しました。午後になって航空自衛隊のUH-60Jによって2名が吊り上げられて病院に搬送されましたが、2名とも死亡が確認されました。

現場付近は天候が悪かったことから残りの7名と降下した隊員5名はそのまま山中に取り残されることとなりました。しかも隊員とは通信が確保されていないと信じられない事態です。御巣鷹の尾根に日航機が墜落し、当時は夜間に飛行できるヘリがなかったことから、翌朝を待って救助作業が行われ生存者を救出しましたが、もっと早く着手していればもっと多くの生存者を救出できたのではないかと言われています。

現在では夜間でも計器を頼りに飛行可能ですし、赤外線を使って要救助者を捜索することも可能です。二次遭難は絶対に避けるべきですが、隊員の行動をサポートする資材の投下はできたのではないかと考えます。今朝になって更に2名の死亡が確認されたとのことですが、現場の状況についての情報は全く流れてきません。

機体の破損状況から、事態はかなり厳しい状況であると推察されますが、救助隊員の現況も気になります。何にしてこの事故からは多くの問題点が明らかになりそうです。

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航空自衛隊のUH-60J救難ヘリコプターです。

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2018年8月10日 (金)

群馬県防災ヘリが墜落

本日午前、群馬県の防災ヘリ「はるな」(ベル412EP)が、長野県との県境に開発された新しい登山道の視察に乗員9名を乗せて現地に向かったところ、「現地に到着」の交信を最後に連絡が取れなくなりました。

現場付近を捜索したところ、午後3時過ぎに草津白根山東側の山中に墜落しているのが発見されました。機体の周辺で8名を発見し、内2名をヘリに収容して病院に搬送しましたが、二人とも死亡が確認されました。

このところ防災ヘリの墜落事故が相次いでいます。昨年3月には長野県の防災ヘリが、山岳救助訓練のために空港を離陸して間もなく鉢伏山の東斜面に墜落、乗員9名全員が死亡しています。また、2010年7月には、沢登りで遭難した登山客を救助するために出動した埼玉県の防災ヘリが立ち木に接触して墜落、乗員5名が死亡しています。2009年9月には北アルプスの奥穂高岳で病死した登山者の収容作業をしていた岐阜県の防災ヘリが岩場に接触して墜落、乗員3名が死亡する事故が起きています。

3件の事故に共通するのは、いずれの事故も山岳地帯で発生していると言うことです。山岳地帯は地形が複雑であるだけでなく、気流が不安定だったり、天候が急変しやすい特徴があります。今回の事故現場では、当時雲がかかっていたとの情報もあり、視界不良で地面に激突した可能性も考えられます。

いずれにしても、防災ヘリは天候の如何にかかわらず、要請があれば現場に向かうことになりますので、それだけ事故のリスクを抱えていることになります。要救助者を素早く収容するのは理想ですが、救助側が事故を起こしては本末転倒です。機体整備を含めて万全の態勢で臨んで欲しいものです。

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浜松市の消防ヘリ「はまかぜ」です。

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2018年7月19日 (木)

小1男児が熱射病で死亡

愛知県豊田市の小学校1年の男子児童が、校外学習で約1Km離れた公園まで徒歩で往復後体調の不良を訴え、救急車で病院に搬送されましたが回復せず、熱射病で死亡しました。

事故が起きた豊田市立梅坪小学校では1年生112人が校外学習として9時50分頃から11時30分頃にかけて公園を徒歩で往復しましたが、当日の最高気温は37.3℃、10時から11時にかけての気温は33℃とされています。ただし、これらは気象台が測定した測定器での気温なので、直射日光に照らされたアスファルト上など、実際の路上の温度は33℃よりもはるかに高い数字だったことは容易に想像されます。

当日の服装など詳細は不明ですが、保育園や幼稚園では帽子の後ろに直射を防ぐ保護布が付いた帽子を着用していますが、小学生の着用する帽子には保護布が付いていないのが一般的です。また、愛知県では、当日まで5日連続で高温注意情報が出されていたにも関わらず、救護用の伴走車も用意されておらず、学校側の熱中症に対する意識の甘さが、事故を招いた可能性が大きいものと思われます。

熱中症の場合、体力的に問題がない人でも連日高温下に曝されると、熱中症に対する抵抗力が低下すると言われています。今夏は特に暑い日が連続していますが、スポーツ指導者や学校運営者は正しく熱中症を理解して、このような不測の事態を防ぐ努力を十二分に果たしてもらいたいものです。

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2018年7月 8日 (日)

タイの洞窟から少年4人を救出

西日本の未曽有の大災害で人的被害が拡大していますが、同じように大雨で洞窟に閉じ込められていたタイの少年たちの内、現在までに4名が洞窟の外に救出されたと言うことです。現地では安全第一で救出策を検討していましたが、今後再び大雨が予想され、水位が上昇する危険あることや、排水作業によって洞内の水位が下がったこともあって、救出作業に着手した模様です。

当初、避難場所からは、水面下のかなり狭い部分を通過しなければならず、リスクが高いとされていましたが、水位の低下によって難易度が下がったのか、もしくはルート工作によって問題部分を拡幅したのではないかと推測しますが、現時点では詳しいことは判っていません。

何にしても、先行した4人が無事洞外に出られたことで、残るメンバーについても、救出されるのは時間の問題ではないかと考えられますので、今回の遭難事故については、大きな山場を越えたのではないかと考えます。

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2018年7月 4日 (水)

タイの洞窟で不明の13人が生存

W杯のベルギー戦で日本中が沸く少し前、タイの洞窟で行方不明になっていた少年ら13人が、救助隊によって10日ぶりに発見されました。発見場所は入り口から5Kmも入った地点で、少年たちは大きな岩上の上に固まっていたと言うことです。

救助隊は英国の潜水部隊の隊員たちだったようですが、タイ政府は少年たちに潜水の訓練を受けさせた上で、潜水をさせながら救助する意向だということです。

一報を見た時は正直信じられませんでした。行方不明から10日も経ち、何の手掛かりも得られていなかったからです。タイは現在雨季で、大量の雨が降って増水した水が洞窟に流れ込んで通路を水没させています。タイの大雨ではかつて、日本企業の入った工業団地が水没して大きな被害が出たこともありました。一般的に遭難した場合、体温が確保できて飲料水があれば、相当期間生存は可能と考えられています。しかし、確実に救助が行われるなどの見通しが得られない場合には、絶望した人から生命力が失われていくと言われています。

今回、水に閉ざされた洞窟の奥で、救助を信じて絶望しなかったことが生存につながったのではないかと思いますが、それでも真っ暗な闇の中で10日間を生き抜いたのは大変なことだと思います。救出には多くの困難が立ちふさがっていますので、楽観はできませんが、現在はサポート隊が付き添って食料なども届いているようなので、無事救出されることを待ちたいと思います。

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2018年6月16日 (土)

空自機が管制の指示に従わず滑走路進入

14日午後8時25分頃、沖縄那覇空港に沖縄エアーコミューターのボンバルディアDHC-8-402型(乗員・乗客35名搭乗)が空港の南約5Kmを高度300mで着陸態勢に入っていたところ、スクランブルで出動した空自那覇基地のF-15J戦闘機2機が滑走路に進入したため、ボンバルディア機は一旦着陸をやり直し、同27分に同空港に着陸し、乗員乗客にけがはありませんでした。この時のボンバルディア機の速度は判っていませんが、時速200Kmほどで着陸するようなので、この時点では250Km位だったのではないかと想像しますが、計算すると着陸前72秒前だったことになります。

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スクランブル態勢のF-15J戦闘機

自衛隊機に対し管制塔からは滑走路手前で停止するように指示していましたが、自衛隊機はこの指示に従わず、滑走路に進入したものです。滑走路への進入は管制の許可を得て行われるものなので、普通に考えれば自衛隊機に非があったことになります。国交省の運輸安全委員会は重大事故につながりかねない事態だったとして係官を派遣して詳しく調査する方針を決めています。

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(出典: 国土地理院 地理院地図を加工)

那覇空港の位置関係です。那覇空港は自衛隊と民間機の共用空港ですが、海上自衛隊、海上保安庁も利用しています。沖縄の観光振興と共に利用客が増え、現在沖合を埋め立てて並行滑走路の増設が進められていますが、年間の着陸回数が8万7000回と福岡空港に次いで混雑している空港となっています。

那覇空港の管制は国交省の管轄となっています。自衛隊との共用では小松空港がありますが、こちらは空自が航空管制を行っていますが、この種の事故は聞いたことがありません。那覇空港では以前も自衛隊のヘリが滑走路に進入する事故がありました。この時は自衛隊機が管制の指示を誤認したものですが、今回も管制の在り方に問題が無かったかが気になります。

那覇空港では中国軍機に対するスクランブルが日常化しており、空港の混雑に拍車をかけています。スクランブルが発せられると戦闘機は5分以内に離陸することになっており、この際、民間機との調整が必要になります。当然安全が最優先されなければなりませんが、一方で自衛隊機にも分刻みの行動が課せられています。

戦闘機の速度が時速900Kmの場合、1分間で15Km進みます。発進が5分遅れれば、75Km相手機の侵入を許す結果となってしまいます。今回の「事故」の原因は現段階ではっきりしませんが、緊急時には自衛隊側の管制に切り替えるなどの方法を検討する必要があるのかも知れません。

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2018年5月30日 (水)

五頭連山で遭難の親子を遺体で発見

新潟県阿賀野市の五頭連山で今月5日から行方不明となっている親子と思われる遺体が、29日に警察のヘリコプターによって発見され収容されました。五頭連山は阿賀野市の東にある松平山(標高953.9m)から、豪雪地帯だけあって5月初旬には頂上付近は2mほどの雪に覆われていたと言うことです。遭難した親子は日帰りの予定で登山を開始しましたが、道に迷い山中で一泊、翌朝「これから下山する」と電話連絡をした後に行方不明となっていました。

祖父からの遭難の一報を地元警察の処理の不手際によって初動が遅れたこともあり、連日の懸命の捜索にもかかわらず、これまで発見することができませんでした。発見現場は松平山の南西1.7Kmのコクラ沢で、その先には滝があって一般登山者では下ることができない場所でした。

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五頭連山の地図です。 (出典:国土地理院 地理院地図)

青い点線が親子が予定した登山コースで、+が遺体発見現場です。現場付近は警察のヘリが何度も捜索で飛んだようですが、遭難時に雪の下に隠れてしまったのか、発見できませんでした。

今回の遭難で残念なのが登山の開始時間が遅かったことです。防犯カメラの映像などから、登山を開始したのが午後2時頃と見られていますが、これはとんでもなく遅い時間です。登山をする場合、早出、早着が原則です。これは道中で何かトラブルが発生しても、明るい時間帯であれば落ち着いて行動できるからです。5月初旬であれば、午後6時を回っても十分明るさは確保できたと思いますが、道に迷った場合は途中で暗くなってしまい、身動きが取れません。

事実、親子は予期せぬビバークを強いられた訳ですが、更に下山を強硬することによって危険地帯に足を踏み入れてしまい、遭難に至ったと推測されます。もし、おかしいと思った時点で引き返していれば、結構登山者の多い山域ですので、登山者に発見された可能性が高かったのではないかと思います。

また、登山翌日に誰にも合わなかったとしても、祖父の連絡により翌々日には大規模な捜索が開始されましたので、捜索隊に発見されたのではないかと思います。こうした道迷いによる遭難事故の場合、早く下山しようとして、そのまま下山を強行して致命傷を負ってしまうケースが多く見られますが、未知の場所を強引に下ることほど危険なことはありません。こうした場合は、例え時間がかかっても正規のルートまで引き返すのが唯一の方法です。標高が低い山でしたので、なんとか下りられると考えたのかも知れませんが、無理は禁物で、登山道が確認できる地点まで引き返すのが唯一の方法だったのですが大変残念です。

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2018年3月23日 (金)

奥多摩遭難事故について

21日、奥多摩の三頭山(みとうさん、標高1531m)を目指した13人の登山グループが道に迷い、深夜に捜索隊に発見される遭難事故がありました。翌22日に6人は救助隊に付き添われ、自力で下山しましたが、7人がヘリコプターで救助されました。幸い全員命に別状はありませんでしたが、30代の女性は骨盤骨折の大けが、低体温症や凍傷を負った人もいたと言うことです。

登山当日は各地に大雪警報や注意報が出されており、登山を計画した男性も大雪が降ることは知っていながら登山を決行したと言うことです。何か登山以前の問題が満載のような今回の遭難騒ぎについて考えてみたいと思います。

まず、今回の遭難については詳細が明らかにされていません。当初は三頭山からヌカザス山に向かう途中で遭難との第一報でしたので、てっきり下山中かと思ったら、実はヌカザス山から三頭山への登りの途中だった訳ですが、具体的な地点も山頂からどちらの方向なのかも不明です。入手できる情報から勝手に遭難地点を想像してみました。

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国土地理院の電子地図「地理院地図」を加工したものです。

遭難者の話として頂上に向かう途中の分岐点で道に迷ったとのことです。登山地図を見ると1350m付近に一旦南に向かい、その後西に下る山道があるので、恐らくこの道に入ってしまったのではないかと推測します。

では、問題点を見て行きます。今回の登山グループは登山口の奥多摩駅で顔を合わせた混成パーティで、元々は計画者の中国人男性がSNSで参加を呼び掛けたものでした。このような形態は近年流行っているようですが、それぞれの力量や思惑が合致しないとトラブルの元となります。

今回は当然雪の中での行動が予想された訳ですが、参加者の中にスニーカー履きのメンバーがいた時点で中止しなければいけませんでした。また雪のある山では万一を考えればアイゼンの携行が求められますが、スニーカーの時点で論外です。また、登山開始が午前10時頃だったとのことですが、雪がない季節でも、登山口から三頭山頂上までは一般的なコースタイムで3時間半です。従って、昼食などの休憩時間を除いても頂上到着は午後1時半になってしまうので、登山開始の時間も不適切です。

結果的に頂上に辿り付けなかった訳で、恐らくヌカザス山あたりで12時を回ってしまったと思われましたので、遅くてもこの時点で引き返すべきでした。計画者の男性は「危険だと思ったが、どんどん先に進むメンバーがいたので」と語っていますが、グループ全体のことが考慮できないメンバーの行動に付き合う必要はありません。一番弱いメンバーが安全に下山することが一番大切なので、ここでグループを分割しても下山を決意すべきでした。

最終的に午後6時になっても頂上に着けず、7時45分に救助要請をしていますが、この判断も遅すぎます。当日の天候では足元が午後6時前には視界が利かなくなってしまったと考えられ、途中で滑落して腰を骨折したのもそういう状況と無関係とは思えません。通常の下山ができなくなってしまったと判断された時点で、安全な場所を確保していれば、余裕を持って夜を迎えることができ、疲労から来る衰弱を防ぐことができた筈です。

救助隊が一行を発見できたのは日付が変わった頃ですから、犠牲者が出なかったことは不幸中の幸いだったの一言です。「里は春でも山は冬」とは言い尽くされた言葉ですが、スマホの扱いには長けていても、このような登山の常識さえ知らずに登山をしてしまうのは本当に困りものです。

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