2018年8月11日 (土)

墜落防災ヘリの救助が難航

昨日墜落した群馬県の防災ヘリの救助活動が難航しています。9名が乗り組んだ群馬県の防災ヘリ「はるな」は昨日午前10時頃に志賀高原の横手山付近の東斜面に墜落しました。午後になって航空自衛隊のUH-60Jによって2名が吊り上げられて病院に搬送されましたが、2名とも死亡が確認されました。

現場付近は天候が悪かったことから残りの7名と降下した隊員5名はそのまま山中に取り残されることとなりました。しかも隊員とは通信が確保されていないと信じられない事態です。御巣鷹の尾根に日航機が墜落し、当時は夜間に飛行できるヘリがなかったことから、翌朝を待って救助作業が行われ生存者を救出しましたが、もっと早く着手していればもっと多くの生存者を救出できたのではないかと言われています。

現在では夜間でも計器を頼りに飛行可能ですし、赤外線を使って要救助者を捜索することも可能です。二次遭難は絶対に避けるべきですが、隊員の行動をサポートする資材の投下はできたのではないかと考えます。今朝になって更に2名の死亡が確認されたとのことですが、現場の状況についての情報は全く流れてきません。

機体の破損状況から、事態はかなり厳しい状況であると推察されますが、救助隊員の現況も気になります。何にしてこの事故からは多くの問題点が明らかになりそうです。

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航空自衛隊のUH-60J救難ヘリコプターです。

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2018年8月10日 (金)

群馬県防災ヘリが墜落

本日午前、群馬県の防災ヘリ「はるな」(ベル412EP)が、長野県との県境に開発された新しい登山道の視察に乗員9名を乗せて現地に向かったところ、「現地に到着」の交信を最後に連絡が取れなくなりました。

現場付近を捜索したところ、午後3時過ぎに草津白根山東側の山中に墜落しているのが発見されました。機体の周辺で8名を発見し、内2名をヘリに収容して病院に搬送しましたが、二人とも死亡が確認されました。

このところ防災ヘリの墜落事故が相次いでいます。昨年3月には長野県の防災ヘリが、山岳救助訓練のために空港を離陸して間もなく鉢伏山の東斜面に墜落、乗員9名全員が死亡しています。また、2010年7月には、沢登りで遭難した登山客を救助するために出動した埼玉県の防災ヘリが立ち木に接触して墜落、乗員5名が死亡しています。2009年9月には北アルプスの奥穂高岳で病死した登山者の収容作業をしていた岐阜県の防災ヘリが岩場に接触して墜落、乗員3名が死亡する事故が起きています。

3件の事故に共通するのは、いずれの事故も山岳地帯で発生していると言うことです。山岳地帯は地形が複雑であるだけでなく、気流が不安定だったり、天候が急変しやすい特徴があります。今回の事故現場では、当時雲がかかっていたとの情報もあり、視界不良で地面に激突した可能性も考えられます。

いずれにしても、防災ヘリは天候の如何にかかわらず、要請があれば現場に向かうことになりますので、それだけ事故のリスクを抱えていることになります。要救助者を素早く収容するのは理想ですが、救助側が事故を起こしては本末転倒です。機体整備を含めて万全の態勢で臨んで欲しいものです。

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浜松市の消防ヘリ「はまかぜ」です。

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2018年7月19日 (木)

小1男児が熱射病で死亡

愛知県豊田市の小学校1年の男子児童が、校外学習で約1Km離れた公園まで徒歩で往復後体調の不良を訴え、救急車で病院に搬送されましたが回復せず、熱射病で死亡しました。

事故が起きた豊田市立梅坪小学校では1年生112人が校外学習として9時50分頃から11時30分頃にかけて公園を徒歩で往復しましたが、当日の最高気温は37.3℃、10時から11時にかけての気温は33℃とされています。ただし、これらは気象台が測定した測定器での気温なので、直射日光に照らされたアスファルト上など、実際の路上の温度は33℃よりもはるかに高い数字だったことは容易に想像されます。

当日の服装など詳細は不明ですが、保育園や幼稚園では帽子の後ろに直射を防ぐ保護布が付いた帽子を着用していますが、小学生の着用する帽子には保護布が付いていないのが一般的です。また、愛知県では、当日まで5日連続で高温注意情報が出されていたにも関わらず、救護用の伴走車も用意されておらず、学校側の熱中症に対する意識の甘さが、事故を招いた可能性が大きいものと思われます。

熱中症の場合、体力的に問題がない人でも連日高温下に曝されると、熱中症に対する抵抗力が低下すると言われています。今夏は特に暑い日が連続していますが、スポーツ指導者や学校運営者は正しく熱中症を理解して、このような不測の事態を防ぐ努力を十二分に果たしてもらいたいものです。

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2018年7月 8日 (日)

タイの洞窟から少年4人を救出

西日本の未曽有の大災害で人的被害が拡大していますが、同じように大雨で洞窟に閉じ込められていたタイの少年たちの内、現在までに4名が洞窟の外に救出されたと言うことです。現地では安全第一で救出策を検討していましたが、今後再び大雨が予想され、水位が上昇する危険あることや、排水作業によって洞内の水位が下がったこともあって、救出作業に着手した模様です。

当初、避難場所からは、水面下のかなり狭い部分を通過しなければならず、リスクが高いとされていましたが、水位の低下によって難易度が下がったのか、もしくはルート工作によって問題部分を拡幅したのではないかと推測しますが、現時点では詳しいことは判っていません。

何にしても、先行した4人が無事洞外に出られたことで、残るメンバーについても、救出されるのは時間の問題ではないかと考えられますので、今回の遭難事故については、大きな山場を越えたのではないかと考えます。

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2018年7月 4日 (水)

タイの洞窟で不明の13人が生存

W杯のベルギー戦で日本中が沸く少し前、タイの洞窟で行方不明になっていた少年ら13人が、救助隊によって10日ぶりに発見されました。発見場所は入り口から5Kmも入った地点で、少年たちは大きな岩上の上に固まっていたと言うことです。

救助隊は英国の潜水部隊の隊員たちだったようですが、タイ政府は少年たちに潜水の訓練を受けさせた上で、潜水をさせながら救助する意向だということです。

一報を見た時は正直信じられませんでした。行方不明から10日も経ち、何の手掛かりも得られていなかったからです。タイは現在雨季で、大量の雨が降って増水した水が洞窟に流れ込んで通路を水没させています。タイの大雨ではかつて、日本企業の入った工業団地が水没して大きな被害が出たこともありました。一般的に遭難した場合、体温が確保できて飲料水があれば、相当期間生存は可能と考えられています。しかし、確実に救助が行われるなどの見通しが得られない場合には、絶望した人から生命力が失われていくと言われています。

今回、水に閉ざされた洞窟の奥で、救助を信じて絶望しなかったことが生存につながったのではないかと思いますが、それでも真っ暗な闇の中で10日間を生き抜いたのは大変なことだと思います。救出には多くの困難が立ちふさがっていますので、楽観はできませんが、現在はサポート隊が付き添って食料なども届いているようなので、無事救出されることを待ちたいと思います。

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2018年6月16日 (土)

空自機が管制の指示に従わず滑走路進入

14日午後8時25分頃、沖縄那覇空港に沖縄エアーコミューターのボンバルディアDHC-8-402型(乗員・乗客35名搭乗)が空港の南約5Kmを高度300mで着陸態勢に入っていたところ、スクランブルで出動した空自那覇基地のF-15J戦闘機2機が滑走路に進入したため、ボンバルディア機は一旦着陸をやり直し、同27分に同空港に着陸し、乗員乗客にけがはありませんでした。この時のボンバルディア機の速度は判っていませんが、時速200Kmほどで着陸するようなので、この時点では250Km位だったのではないかと想像しますが、計算すると着陸前72秒前だったことになります。

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スクランブル態勢のF-15J戦闘機

自衛隊機に対し管制塔からは滑走路手前で停止するように指示していましたが、自衛隊機はこの指示に従わず、滑走路に進入したものです。滑走路への進入は管制の許可を得て行われるものなので、普通に考えれば自衛隊機に非があったことになります。国交省の運輸安全委員会は重大事故につながりかねない事態だったとして係官を派遣して詳しく調査する方針を決めています。

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(出典: 国土地理院 地理院地図を加工)

那覇空港の位置関係です。那覇空港は自衛隊と民間機の共用空港ですが、海上自衛隊、海上保安庁も利用しています。沖縄の観光振興と共に利用客が増え、現在沖合を埋め立てて並行滑走路の増設が進められていますが、年間の着陸回数が8万7000回と福岡空港に次いで混雑している空港となっています。

那覇空港の管制は国交省の管轄となっています。自衛隊との共用では小松空港がありますが、こちらは空自が航空管制を行っていますが、この種の事故は聞いたことがありません。那覇空港では以前も自衛隊のヘリが滑走路に進入する事故がありました。この時は自衛隊機が管制の指示を誤認したものですが、今回も管制の在り方に問題が無かったかが気になります。

那覇空港では中国軍機に対するスクランブルが日常化しており、空港の混雑に拍車をかけています。スクランブルが発せられると戦闘機は5分以内に離陸することになっており、この際、民間機との調整が必要になります。当然安全が最優先されなければなりませんが、一方で自衛隊機にも分刻みの行動が課せられています。

戦闘機の速度が時速900Kmの場合、1分間で15Km進みます。発進が5分遅れれば、75Km相手機の侵入を許す結果となってしまいます。今回の「事故」の原因は現段階ではっきりしませんが、緊急時には自衛隊側の管制に切り替えるなどの方法を検討する必要があるのかも知れません。

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2018年5月30日 (水)

五頭連山で遭難の親子を遺体で発見

新潟県阿賀野市の五頭連山で今月5日から行方不明となっている親子と思われる遺体が、29日に警察のヘリコプターによって発見され収容されました。五頭連山は阿賀野市の東にある松平山(標高953.9m)から、豪雪地帯だけあって5月初旬には頂上付近は2mほどの雪に覆われていたと言うことです。遭難した親子は日帰りの予定で登山を開始しましたが、道に迷い山中で一泊、翌朝「これから下山する」と電話連絡をした後に行方不明となっていました。

祖父からの遭難の一報を地元警察の処理の不手際によって初動が遅れたこともあり、連日の懸命の捜索にもかかわらず、これまで発見することができませんでした。発見現場は松平山の南西1.7Kmのコクラ沢で、その先には滝があって一般登山者では下ることができない場所でした。

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五頭連山の地図です。 (出典:国土地理院 地理院地図)

青い点線が親子が予定した登山コースで、+が遺体発見現場です。現場付近は警察のヘリが何度も捜索で飛んだようですが、遭難時に雪の下に隠れてしまったのか、発見できませんでした。

今回の遭難で残念なのが登山の開始時間が遅かったことです。防犯カメラの映像などから、登山を開始したのが午後2時頃と見られていますが、これはとんでもなく遅い時間です。登山をする場合、早出、早着が原則です。これは道中で何かトラブルが発生しても、明るい時間帯であれば落ち着いて行動できるからです。5月初旬であれば、午後6時を回っても十分明るさは確保できたと思いますが、道に迷った場合は途中で暗くなってしまい、身動きが取れません。

事実、親子は予期せぬビバークを強いられた訳ですが、更に下山を強硬することによって危険地帯に足を踏み入れてしまい、遭難に至ったと推測されます。もし、おかしいと思った時点で引き返していれば、結構登山者の多い山域ですので、登山者に発見された可能性が高かったのではないかと思います。

また、登山翌日に誰にも合わなかったとしても、祖父の連絡により翌々日には大規模な捜索が開始されましたので、捜索隊に発見されたのではないかと思います。こうした道迷いによる遭難事故の場合、早く下山しようとして、そのまま下山を強行して致命傷を負ってしまうケースが多く見られますが、未知の場所を強引に下ることほど危険なことはありません。こうした場合は、例え時間がかかっても正規のルートまで引き返すのが唯一の方法です。標高が低い山でしたので、なんとか下りられると考えたのかも知れませんが、無理は禁物で、登山道が確認できる地点まで引き返すのが唯一の方法だったのですが大変残念です。

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2018年3月23日 (金)

奥多摩遭難事故について

21日、奥多摩の三頭山(みとうさん、標高1531m)を目指した13人の登山グループが道に迷い、深夜に捜索隊に発見される遭難事故がありました。翌22日に6人は救助隊に付き添われ、自力で下山しましたが、7人がヘリコプターで救助されました。幸い全員命に別状はありませんでしたが、30代の女性は骨盤骨折の大けが、低体温症や凍傷を負った人もいたと言うことです。

登山当日は各地に大雪警報や注意報が出されており、登山を計画した男性も大雪が降ることは知っていながら登山を決行したと言うことです。何か登山以前の問題が満載のような今回の遭難騒ぎについて考えてみたいと思います。

まず、今回の遭難については詳細が明らかにされていません。当初は三頭山からヌカザス山に向かう途中で遭難との第一報でしたので、てっきり下山中かと思ったら、実はヌカザス山から三頭山への登りの途中だった訳ですが、具体的な地点も山頂からどちらの方向なのかも不明です。入手できる情報から勝手に遭難地点を想像してみました。

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国土地理院の電子地図「地理院地図」を加工したものです。

遭難者の話として頂上に向かう途中の分岐点で道に迷ったとのことです。登山地図を見ると1350m付近に一旦南に向かい、その後西に下る山道があるので、恐らくこの道に入ってしまったのではないかと推測します。

では、問題点を見て行きます。今回の登山グループは登山口の奥多摩駅で顔を合わせた混成パーティで、元々は計画者の中国人男性がSNSで参加を呼び掛けたものでした。このような形態は近年流行っているようですが、それぞれの力量や思惑が合致しないとトラブルの元となります。

今回は当然雪の中での行動が予想された訳ですが、参加者の中にスニーカー履きのメンバーがいた時点で中止しなければいけませんでした。また雪のある山では万一を考えればアイゼンの携行が求められますが、スニーカーの時点で論外です。また、登山開始が午前10時頃だったとのことですが、雪がない季節でも、登山口から三頭山頂上までは一般的なコースタイムで3時間半です。従って、昼食などの休憩時間を除いても頂上到着は午後1時半になってしまうので、登山開始の時間も不適切です。

結果的に頂上に辿り付けなかった訳で、恐らくヌカザス山あたりで12時を回ってしまったと思われましたので、遅くてもこの時点で引き返すべきでした。計画者の男性は「危険だと思ったが、どんどん先に進むメンバーがいたので」と語っていますが、グループ全体のことが考慮できないメンバーの行動に付き合う必要はありません。一番弱いメンバーが安全に下山することが一番大切なので、ここでグループを分割しても下山を決意すべきでした。

最終的に午後6時になっても頂上に着けず、7時45分に救助要請をしていますが、この判断も遅すぎます。当日の天候では足元が午後6時前には視界が利かなくなってしまったと考えられ、途中で滑落して腰を骨折したのもそういう状況と無関係とは思えません。通常の下山ができなくなってしまったと判断された時点で、安全な場所を確保していれば、余裕を持って夜を迎えることができ、疲労から来る衰弱を防ぐことができた筈です。

救助隊が一行を発見できたのは日付が変わった頃ですから、犠牲者が出なかったことは不幸中の幸いだったの一言です。「里は春でも山は冬」とは言い尽くされた言葉ですが、スマホの扱いには長けていても、このような登山の常識さえ知らずに登山をしてしまうのは本当に困りものです。

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2018年3月 5日 (月)

のぞみ台車事故の原因について

JR西日本ののぞみが、異音がしたまま走行を続け、停車して調べたところ破断寸前であった事故の原因が、川崎重工での作業ミスによるものだったことが明らかになって大変驚きましたが、作業ミスの内容について報道を見る限りではイマイチ理解ができませんでした。

ところが、今朝の東洋経済ONLINEの記事を読んでやっと納得がいきました。

http://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180305-00211007-toyo-bus_all&p=1

疑問点は二つありました。台車が重要部品であり、その強度は部材の厚みによって左右されるのに何故半分になるまで削ってしまったのかと、何故現場で削る必要があったのかの2点です。

まず、削る必要性については、川重に支給された台車がプレス精度が悪くて平面が確保されておらず、相手材と溶接するのに具合が悪かったことによるものと解りました。

また、何故削り過ぎてしまったのかについては、現場主任が平面を確保するために作業者に削ることを指示しましたが、当然許容範囲の0.5ミリを超えて削ることはないと考えていたところ、作業者は許容範囲が0.5であることを知らず、大幅に台車を削り込んでいたこと。作業後に台車の厚みを確認しておらず、薄くなったことを検知できなかったことによるものです。

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東洋経済の記事を元に図を作成してみました。実際の部品を見ていませんので想像ですが、図-1が正常な台車、図-2が平面が出ていない台車、図-3が削り込まれた台車の想像図です。なるほど平面を出そうとすれば、相当削り込む必要があることが理解できます。
この2点は製造現場で間々起きる事象で、それによって今回のような品質問題が起こるのも間々あることです。

前工程の作業が図面通りに仕上がっておらず、現場での対応を迫られる問題ですが、本来は前工程で解決されるべき問題で、現場で対応してしまったために根本的な解決がされなくなってしまいました。もし問題をフィードバックしていれば、前工程が改善されて、このような問題は起きませんでした。

また、作業指示を口頭で行い、作業結果について確認を怠ったことにより異常作業を見逃すことも不良が発生する要因の一つです。これを防ぐには、作業方法について図示し、ポイントを明確にすることです。この場合、台車強度を損なうことは厳禁なので削る量は0.5ミリ以内、0.5ミリ以内であることを確認する確認方法まで決める必要がありました。口答だけで指示した場合、相手が誤って指示を理解したり、指示された範囲を拡大解釈してしまうことは良く起こります。それらを防止するために作業マニュアルがあり、作業結果を記録して作業の確実性を確保する訳ですが、この現場ではどうもこのようなことが軽視されていた可能性が感じられます。

幸い今回は事故に至らず、異常作業された台車が明確になって年内に全ての交換が終わると言うことなので、一安心ですが、同様の事例が他部品でも行われている可能性がありますので、更なる検証が必要ではないかと考えます。

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2018年2月24日 (土)

我が国における米軍機の墜落事故

三沢基地の米軍機が燃料タンクを投棄した事故に関し、過去の事故を調べたところ多数の墜落事故を起こしていることが判りましたので、もう少し掘り下げて調べてみました。ネットで探したところ、年度毎の事故についての資料がありましたので、1991年からについてまとめてみました。その結果、27年間で30件、33機の墜落事故があったことが判りました。件数よりも機数が多いのは、空中衝突などで一度に2機が墜落する事故があったせいです。尚、以下の集計や見解はあくまでも個人的に行ったものであり、公式なものではないことをお断りしておきます。

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事故件数を年度別にグラフにしたものですが、判りにくいのでクリックして拡大してご覧ください。

グラフを見ると1994年、1999年、2004年が突出していることが判ります。これらの年に米国に関する大きな出来事がなかったか調べてみると、それぞれボスニア紛争、コソボ紛争、イラク戦争があった時期と重なりました。もしかしたら偶然の一致かも知れませんが、軍事行動を控えて訓練内容が高度化したり、人員の移動などで通常とは違う体制となっていたことが原因となっていた可能性も否定できません。

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こちらは墜落した航空機の内、戦闘機や攻撃機の機種別の事故機の数をグラフにしたものです。一番多いのはF-15となっていますが、これは元々配備された数が多いことと、空中衝突の事故が2回あったためと考えられます。F-16は三沢基地にしか配属されておらず、三沢基地所属機の事故が多いことが判ります。

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良く、沖縄県に米軍基地が集中しており、事故も沖縄に集中していると主張する人がいますので、沖縄とそれ以外の地域とで発生件数を比較してみました。また墜落地点が陸上なのか海上なのかも比較してみました。

結果として沖縄での墜落事故は全体の37%で、残り63%がそれ以外の地域でした。また訓練は通常海上で行われているためか、陸上よりも海上での事故が多いことが判ります。

今回、米軍機の事故について調べた結果、予想以上に多く墜落事故が起きていることに驚きました。米国は世界の警察官を自負して、世界中の紛争に介入してきましたので、それに伴う訓練も実戦を想定した過酷な内容となっていたのかも知れません。また、いかに米軍とは言え多数の人員を動員することで、組織に過度な負担が生じていた可能性も容易に想像が付きます。

事故は起こしてはならないものなので、米軍に限らず、今後とも再発防止に向けた努力が継続されることを希望します。

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